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  • 「受賞」 に潜む権力構造への抵抗

    小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 小中学生のときの原体験として、水彩画や習字での地元の展覧会の賞は、自信とモーティベーションに繋がった。一方、私は研究を職としてきたがその駆け出しのころ、ボスからある学会の 「奨励賞」 に推薦したいと言われ、断った。私はそのボスに気に入られていて、私はそのボスの業績に貢献していた。したがって、その受賞と引き換えにボスへの服従の意図を感じ、それから逃れたいと思った。以後大学において学生を指導する立場となり、また大学運営にも携わった。その過程で優秀な学生や教員を表彰したいという意見には、いつも戸惑いを感じてきた。 史実に残る世界最古の 「賞」 として、古代ギリシャの競技褒賞を挙げることができる。古代オリンピック (Ancient Olympic Games:紀元前776年〜) は、競技勝者に月桂冠やオリーブ冠などの名誉、あるいは特権を与えた。功績への純粋な賞賛に加えて、国家維持に必要な強靱な肉体を重視する国民性を見て取ることができる。また、古代ギリシャの演劇コンテストとして、アテネでは、ディオニューシア祭 (City Dionysia:紀元前534年〜) が催された。ここでは、アイスキュロス (Aeschylus:紀元前525年頃〜紀元前456年頃)、ソポクレス(Sophocles:紀元前496年頃〜紀元前406年頃)、エウリピデス (Euripides:紀元前480年頃〜紀元前406年頃) などが活躍した。これは、「芸術を審査で評価する」 という現在の文学賞・映画賞の原点となっている。一方、日本では平安時代 (794年〜1185年)、歌合 (うたあわせ) として左右に分かれて和歌を詠み、判者が優劣を決めた。600ペアが競う壮大な六百番歌合 (1193年) では、技巧、教養、美意識、政治力まで含めて競われた。また、「治承・寿永 (じしょう・じゅえい) の乱 (1180年〜1185年)」 や 「関ヶ原の戦い (1600年)」 他では、領地、官位、刀、馬、名誉称号などが武功への恩賞として与えられた。すなわち、「賞」 は権力者による統治機構への組み込みの手段であった。江戸時代 (1603年〜1868年) では、徳川幕府や藩による孝行者表彰、節婦表彰、発明奨励、農業改良褒賞などが設けられた。 現在の最も著名な 「賞」 として、ノーベル賞が挙げられる。これは、アルフレッド・ノーベル (Alfred Nobel:1833年〜1896年) の遺言により、彼の死の前年の1895年に設立された。ノーベルは、彼の富は 「人類のために最大たる貢献をした人々に分配されるもの」 と記した。すなわち、権力構造とは無縁の原点であるにもかかわらず、複数名の授与辞退者を挙げることができる。ジャン−ポール・サルトル (Jean‑Paul Sartre:1905年〜1980年) は 「作家は制度化されてはならない」 として、1964年ノーベル文学賞を辞退した。また、レ・ドゥク・ト (Lê Đức Thọ:1911年〜1990年) は 「体制側が自分を取り込みたかった」 として、1973年ノーベル平和賞を辞退した。彼らは選考方法に権力構造を感じたのだと理解される。自然科学系のノーベル賞で辞退者はいないが、1965年ノーベル物理学賞受賞のリチャード・ファインマン (Richard Feynman:1918年〜1988年) は、ノーベル賞に対し人を序列化することへの違和感を述べた。また、ヒッグス粒子理論で2013年にノーベル物理学賞を受賞したピーター・ヒッグス (Peter Higgs:1929年〜2024年) は、ノーベル賞により評価が前面化することへの違和感を表した。アカデミー賞 (オスカー) において、マーロン・ブランド (Marlon Brando:1924年〜2004年) は、「ゴッドファーザー」 に対する1973年アカデミー主演男優賞を辞退した。代わりに、彼はネイティブ・アメリカンの活動家であり女優のサチーン・リトルフェザー (1946年〜2022年) を授賞式に送り込み、ハリウッドによる先住民の描写やアメリカ社会の差別的な構造を批判させた。しかし、彼は1954年に 「波止場」 では同賞を受賞している。 日本では、大江健三郎 (1935年〜2023年) が1994年ノーベル文学賞受賞後、日本政府からの文化勲章授与の打診に対して辞退した。大江氏は 「国家からの栄誉は受けない」 という立場を明確にした。これは単なる反権威ではなく、国家による文化の囲い込み、作家の独立性、戦後民主主義、天皇制などへの思いが複雑に絡んだ結果と理解される。また、民芸運動の流れを汲む陶芸家である河井寛次郎 (1890年〜1966年) は、文化勲章、人間国宝、日本芸術院会員推薦などを辞退した。河井氏は 「美は名声ではなく生活に宿る」 という思想に基づき、芸術を序列化することへの違和感、制度化された 「権威芸術」 への距離感、「無名の職人」 としての価値観を重んじたと推察される。画家である熊谷守一 (くまがい もりかず:1880年〜1977年) も、文化勲章を辞退した。熊谷氏は、極端なまでに世俗的成功に無関心であり、晩年はほとんど自宅の庭から出ず 「仙人」 のような生活を送った。彼の場合は政治思想というより、名誉そのものへの無関心、制度から距離を置く生き方、創作と社会的成功を切り離す姿勢の具現であったと理解される。 このように見てみると、「賞」 には “賞賛 → 名誉あるいは報奨 → 集団としての資質の向上 → 統治の強化” という構造が付きまとう。多くの場合、当該者の社会貢献への賞賛を設立の趣旨とするが、人による人の順位付けの側面を有し権力構造と無縁でなくなる。とはいっても、基礎生物学研究所の同僚であった大隅良典氏 (1945年〜) や静岡県立大学でお世話になった本庶 佑氏 (ほんじょ たすく:1942年〜) のそれぞれ2016年と2018年のノーベル生理学・医学賞受賞、およびそれぞれ2016年と2013年の文化勲章受章に対しては賛辞を送りたい。

  • 地方自治体の財政難:「基準財政需要額」 計算式の見直しが必要!

    小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授   私は静岡県立大学で定年退職を迎え、その後も静岡県に住んでいる。最近、静岡県立大学は財政難だと聞いた。調べてみると、平木省副知事が10月22日に、静岡県は 「財政危機宣言レベル」 であると述べていた。静岡県立大学は、その財源の多くを静岡県からの運営費交付金に依存しており、その煽りは少なくないはずだ。そこで、静岡県財務諸表 (財務部財政課, 2025年10月) を調べてみると、実態が見えてくる。これから計算すると 「将来負担比率」 が234.1% (2024年度) になる。   将来負担比率 = (将来負担額 − 充当可能基金額 − 特定財源見込額 − 地方債現在高等に係る基準財政需要額算入見込額)/(標準財政規模 − 算入公債費等の額)   将来負担額:地方債や債務負担行為等の将来の負担額 充当可能基金額:将来の負担に充てることができる基金の残高 特定財源見込額:将来負担の充当に充て得る特定財源の見込 (国庫支出金、使用料・手数料、分担金・負担金等) 地方債現在高等に係る基準財政需要額算入見込額: 臨時財政対策債 + 交付税算入率が高い地方債 標準財政規模 = 標準税収入額等 + 普通交付税額 + 臨時財政対策債発行可能額 算入公債費等 :交付税で補填される地方債償還相当額 普通交付税額 = 基準財政需要額 − 基準財政収入額 基準財政需要額:後述 (これがキーワード) 基準財政収入額 ≒ 標準的な地方税収入の75% + 地方譲与税等 地方譲与税 :国税として徴収された税収の一部を、一定の基準に基づいて国から地方自治体に配分する税 下線 :国税を原資とする財源  イタリック体 :部分的に国税を原資とする財源   そこで、全国の将来負担比率を見てみよう (総務省 地方財政状況調査関係資料 令和6年度地方公共団体の主要財政指標一覧, 2025年12月)。   将来負担化率 (2024年度) 全国 (都道府県):144.1%   高い道府県 (トップ6) 兵庫県:311.3% 北海道:307.0% 新潟県:287.0% 京都府:257.2% 福岡県:245.3% 静岡県:234.1%   低い都県 (ボトム6) 奈良県:102.0% 千葉県:101.3% 青森県:58.0% 神奈川県:54.5% 沖縄県:24.2% 東京都:13.6%   将来負担比率が最低の東京都は、上記の普通交付税額の計算式において右辺がマイナスになり、交付税ゼロの 「不交付団体」 となっている。それでも、企業本社が集中しており、東京都が投じるインフラ等整備費に対して税収が多い。その他の道府県については将来負担化率と地方行政との因果関係が見え難い。しかしながら、 都道府県の 「将来負担比率」 の高低は、単に財政運営の巧拙ではなく、国・市場・自治体の間で、誰がインフラとリスクを引き受けているかを反映している可能性が高い。比較の結果見えてきた要因を整理すると、概ね次のように解釈できる。 これらで、「高値要因」 が低い場合は 「低値」 になり、「低値要因」 が低い場合は 「高値」 になる。すなわち、10のカテゴリーに分類される。「将来負担化率」 が中値の府県は、これらの要因の何れもが強く効いていない。以下では、各道府県は複数の要因に同時に当てはまり得るが、主となる要因に対して該当道府県とした。 「将来負担比率」 高値要因1:通過・供給インフラ負担 (通過県・供給県) 全国の物流・人流・エネルギー・水資源などを支える 「通過・供給型インフラ」 を抱え、その維持更新・防災負担を県財政が担いやすいタイプ。利用者は全国に広がる一方、維持主体は県に集中しやすく、将来負担比率が高く出やすい。該当:兵庫県、新潟県、静岡県 「将来負担比率」 高値要因2:広域中枢機能負担 (広域サービスの引受け) 周辺地域の医療・教育・交通・商業・行政機能を集約する広域中枢として、都市型インフラやサービス需要を引き受けるタイプ。広域から人と需要が集まる一方で、税収の帰属は東京や国に分散し得るため、負担がストックとして残りやすい。該当:京都府、福岡県 「将来負担比率」 高値要因3:広域・低密度・寒冷地 + 債務ストック積み上げ型 広大・低密度・寒冷地という条件によりインフラ維持更新の固定費が大きくなりやすい上、過去の景気対策追随型の公共投資や収支補填債 (行政改革推進債・退職手当債等) によって地方債残高が厚くなった結果、将来負担比率 (ストック) と実質公債費比率 (フロー) が同時に高く出やすいタイプ。該当:北海道  「将来負担比率」 低値要因1:国直轄・交付税吸収型 (負担の “国への付替え” が効く) 大規模インフラや特別な政策負担が国直轄・国費負担で処理されやすく、また交付税依存度が高いため、地方債等があっても交付税算入見込 (国の手当) で将来負担比率の分子が強く圧縮されやすいタイプ。将来負担比率が低く出ても、必ずしも財政的余裕や自立性を意味しない点に注意を要する。該当:沖縄県、奈良県 「将来負担比率」 低値要因2:フロー重・ストック軽 (償還前倒し + 交付税措置の効き方) 実質公債費比率 (返済の重さ=フロー) と将来負担比率 (将来に残る純負担=ストック) の乖離に注目する要因。償還を前倒ししている、または交付税措置が見込まれる地方債の比率が高い場合、当面の返済負担は大きく見える一方で、将来の純負担は小さく見える。実質公債費比率は高めだが将来負担比率は低い県は、この要因で説明しやすい。該当:青森県   静岡県が 「 通過・供給インフラ負担」 県である 具体例として、新東名高速道路は、静岡県区間が片道3車線で整備されている。一方、愛知県区間は片道2車線である。これは、静岡県が全国物流や災害対応を支える国家的幹線として、より大きな役割を担っていることの表れである。高速道路本体の建設費は国と高速道路会社が負担しており、県の直接的な財政負担は限定的である。しかし、防災対応の観点から静岡県の意向が設計段階に反映され、ヘリポートの整備などが行われた。静岡県は周辺インフラを通じて間接的な負担を負っていると言える。また、統計資料 (厚生労働省 令和6年 薬事工業生産動態統計 調査, 2025年12月 ) では、2024年の静岡県の “医薬品 + 医療機器” の生産金額は1.09兆円であり、全国1位となる。これらの生産は静岡県に集積しているにも係わらず、利益・意思決定・知財・金融等の “本社機能” が東京に集まる結果、法人関係税や高付加価値部分が静岡県に帰属しにくい。その一方で、産業立地を支える物流・防災・環境対応などの “周辺コスト” は静岡県側の負担となりやすい。   将来負担比率の県間格差は、自治体の努力の差というより、国の制度設計と産業・インフラの役割分担の結果として、負担がどこに “滞留” するかを映し出している可能性が高い。 将来負担比率の計算式において、下線部の財源が国から来る点に注目して欲しい。これには、都道府県ごとの 「基準財政需要額」 が適用される。この計算式では、人口、高齢者数、面積、道路延長、学校数などの項目が加味される。しかしながら、上記の要因は基準財政需要額の計算式において加味されていない。すなわち、基準財政需要額によって一定の補正はなされているものの、上記要因がもたらす構造的影響を適切に評価しているとは言い難い。基準財政需要額の計算式は見直し可能とされながらも、その大枠は1960年代に基本構造が成立。その後も部分改訂・補正係数の追加は行われているものの、現状に沿った基準財政需要額計算基準の大幅な見直しが望まれる。現在政府内で議論されている積極財政の観点からも、基準財政需要額計算基準の見直しが急務であると考える。   脚注:数値整理および制度構造の確認には、生成AI (ChatGPT 5.2) を補助的に用いたが、最終的な解釈および責任はすべて筆者に帰属する。

  • 対中関係:国家的経済抑止 “economic statecraft” の法整備を!

    小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授   10月31日の日中首脳会談で両首脳の親和的ムードが演出された直後、11月7日の 「高市発言」 を中国が問題視し、日中関係悪化との報道が日本のマスコミを賑わしている。2015年に整備された 「平和安全法制」 における 「存立危機」 の判断について、岡田克也議員は 「日本」 の武力行使という表現を持ち出し、それを軽々に口にすべきではないという誘導質問であった。これに対して、高市首相は武力行使を 「受けたとき」 について 「平和安全法制」 の当該箇所を読まれているに過ぎないように見える。すなわち、憲法9条の下 「専守防衛」 の堅持から逸脱した発言とは取れず、高市首相に失言はないと判断する。   いくつかの政党、マスコミ、論客は、外部勢力による攻撃の回避には、相手国を刺激しないこと。さらに、軍備を拡充すべきではないと言う。しかしながら、この理論は史実において成立していない。1930年代の中国国民政府は近代的軍備・統一指揮体制を欠いていた。これにより、日本側は短期決戦で勝てると判断し、全面戦争に拡大していった。すなわち、弱体は抑止にならず、むしろ相手国の攻撃意欲を高める。また、1938年のミュンヘン会談において、英仏はドイツを刺激しないためチェコスロバキアのズデーテン地方割譲を容認した。その結果、ヒトラーは更なる譲歩が得られると判断し、翌年ポーランドに侵攻し第二次世界大戦へと発展した。さらに、クウェートは軍事的に極めて脆弱であったが、イラクは周辺国が介入しないと判断し、1990年に侵攻し湾岸戦争に至った。これらの史実に見られるように、刺激しない姿勢は相手国の侵攻意欲を抑制しなかった。刺激回避論の誤りとして、(1) 日常倫理と国家行動の同一視、(2) 意図の表明が相手の行動を規定するとの判断、(3) 刺激回避と抑止との混同を挙げることができる。   攻撃されない国家、自衛権の行使とは ? スイスは永世中立国であるが、中立義務の履行は軍事力保持を否定しない 「積極的武装中立」 であり、徴兵制が敷かれている。また、地形的に山岳要塞といえる。ヒトラー政権は、スイス攻撃は得られる利益の割に損害が大きすぎると判断したとされている。コスタリカは1948年に軍隊廃止、アイスランドは常備軍なしだが、前者は米国、後者はNATOの庇護下にある。バチカンは宗教的・象徴的価値による特殊保護下であり、ブータンはインドに依存している。非武装国家が成立する条件として、(1) 侵略しても得るものが少ない、(2) 脅威国が存在しない、(3) 大国間緩衝地域でない。これらの何れを取っても、日本は非武装国家成立要件を満たしていない。日本は、(1) 高度な科学技術力、(2) 勤勉な国民性、(3) 醸成された文化、(4) 太平洋における第一列島線の要石、(5) 米中衝突の戦略回廊、(6) 海洋輸送の要、(7) 世界6位の面積を誇る海洋とその海底資源であり、一部の戦略分析や論説では、“日本列島線は西太平洋へのアクセスの鍵” と位置づけられている。   それでは、軍備での中国との対峙は可能か? Stockholm International Peace Research Institute (SIPRI) は、中国の公式発表は一部費目を含まず実態はさらに大きい可能性があると断った上で、2024年の中国の軍事支出は少なくとも3,140億米ドル (48.7兆円) と報告している。一方、日本のそれは約8.37兆円 (540億米ドル)。すなわち、6倍近い差がある。軍事力は単純な金額比較で決まるものではないが、短期的な逆転は困難である。AI試算では、10年かけても同等の軍備には届かない可能性が高いという。となると、軍備の中身に解決の糸口はないか? 相手の攻撃意欲を阻止する拒否的抑止 (denial deterrence) として、2022年の国家安全保障戦略・防衛力整備計画によると、スタンド・オフ防衛 (長射程ミサイル)、統合防空・ミサイル防衛、無人アセット (ドローン等)、宇宙・サイバーなどのクロスドメイン (領域横断)、C2 (指揮統制:command and control) ・ ISR (情報・監視・偵察:intelligence, surveillance, and reconnaissance)、機動・国民保護、持続性・レジリエンス (社会機能の維持・回復力:resilience)。これらは、必ずしも核武装を意味しない。   攻撃に対する抑止力は軍備だけではない。経済的損失を見てみよう。2022年以降のロシアによるウクライナ侵攻により、多数の国際企業がロシア市場からの撤退や事業縮小に迫られた。その数は1,000社以上。その経済的損失は、2024年時点で1,070億米ドル (16.6兆円) に上ると分析されている。現在の中国における半導体生産(約1,795億米ドル=27.8兆円, 2023年) は、日本製半導体製造装置および日本産半導体材料 (フォトレジストなど) への依存度が高く、また中国においては日本製高精度工作機械も広く使われている。これらの対中輸出規模は、半導体製造装置:48億米ドル(7,440億円)/年、フォトレジスト:10.2億米ドル(1,581億円)/年、工作機械:13.2億米ドル (2,053億円)/年と報告されている。日本からのこれらの輸出を停止すると 、中国側の損失は半導体産業 “直撃”で50億~150億ドル/年 (775億〜2.32兆円/年)、3年以内の累積で最大750億ドル (11.6兆円) と見積もられる (AI推定値)。 一方、日本企業が中国から撤退すると、(1) 中国における日本企業の固定資産総額、(2) 売上規模、(3) 市場撤退に伴う資産毀損、(4) サプライチェーンの再構築コストなど、将来に渡る損失を除き当座で100兆円規模に登る (AIによる計算値)。これに対し、中国側の損益は2〜5倍と計算され、これらを両国の対GDP比で換算すると、両国にとって相打ちの様相を呈する。日本企業の中国現地雇用は、経済産業省の海外事業活動基本調査では100万人強であり、中国国家統計局による都市部就業者4.73億人に対して0.2%に過ぎない。しかしながら、日本企業の雇用が集中する沿岸部・工業集積地、地方政府の雇用・税収・社会安定、若年層雇用やサプラ イチェーンの周辺産業には、無視できない影響が及ぶと考えられる。   史実から読み取れる 「抑止力」 は、武力や経済力だけではない。大航海時代、中南米、アフリカ、アジア諸国は、複数の欧州列強により植民地化されていった。これらの中で、アステカ帝国やインドでは経済が発達し、兵力も豊富だった。しかしながら、列強によって仕組まれた周辺部族の侵攻や内乱により統治体制が弱体化し、植民地化に至った。また、軍事力があっても戦争を防げなかった例として、第一次世界大戦当時、ドイツ帝国、フランス、ロシア帝国、イギリスは世界最高レベルの軍事力を誇った。しかしながら、これは 「抑止力」 とならず、サラエボ事件という局地的出来事が全面戦争へと連鎖した。これは、”security dilemma (安全保障ジレンマ)” と呼ばれる。 すなわち、「抑止力」 は多要素から構成され、以下のように整理される。 抑止力 = 軍事力・同盟・経済・国内統合・地理の相乗効果 抑止成立条件:相手の予想コスト > 相手の期待利益   経済的コストを事前に示し侵攻の期待利益をマイナスにするという戦 略は、近年 “economic statecraft (直訳:経済的政治手腕、意訳:国家的経済抑止)” という概念として体系化されてきている。国際社会では、国家安全保障上の理由で企業損失を吸収する制度は既に存在しており、EUでは、反威圧手段 (Anti-Coercion Instrument) が、米国では国防生産法 (Defense Production Act) およびCHIPS法 (CHIPS and Science Act) が施行されている。これらは、理論上日本にも導入可能である。相手国に対する輸出入の停止命令および当事国に拠点を持つ日本企業への退去命令を日本政府が出す際、付随する損益を日本政府が保証する形で法制化できないだろうか? 冷戦期から現在に至るまで、日米協調による輸出規制は繰り返し発動されてきたが、企業損失を自動的に補償する制度は存在しなかった。経済安全保障が国家戦略として明確化された今日、これまでの枠組みのままでは実効的な抑止力とはなり得ない。国家的経済抑止は軍備と対をなす拒否的抑止を目的とするが、対中の例を示したように、これら命令が発動されれば両国にとって相打ちとなる。したがって、国家的経済抑止は軍拡と同様、拒否的抑止力として機能させるべきものである。とは言っても、実現可能でなければ抑止力にならない。100兆円規模の国家支出は、コロナ禍対策に出動された予算に匹敵し対応不可能な規模ではない。さらに、日本の同盟国・準同盟国へも協力を呼びかけることにより、拒否的抑止力は強化される。この種の国家的経済抑止の発動を可能とする法整備を進めるべきである。日本が軍事と経済の双方で多様な抑止手段を持つことは、結果的に地域の安定につながる。国家的経済抑止力を政策ツールとして制度化することは、今や現実的であり検討を急ぐ必要がある。

  • 共進化の不思議:分子レベルでの生物間相互作用!

    小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 2015年、SDGs (持続可能な開発目標) が国連サミットにおいて採択された。今更と言いたい。人類は 地球上の覇者となり、他生物との共存の上に成り立っていることを忘れていたようだ。その生存において他生物に依存せず独立しているのが 「独立栄養生物」 であり、太陽光、水などの電子供与体、二酸化炭素と僅かなミネラル類があれば生きていける。この代表として、ラン藻 (シアノバクテリア) や植物が挙げられ、この活動は 「光合成」 と呼ばれる。これにより生産された炭水化物と酸素ガスにより、他の生物が生存しうる。これらは 「従属栄養生物」 と呼ばれ、ヒトもこれに属する。   このような相互依存とは別に、生きた生物同士の直接的な 「共生」 として、以下のような例を見出すことができる。   マメ科植物と根粒菌:マメ科植物は根粒菌に窒素を固定してもらい、窒素源を得る。一方、根粒菌は植物から炭素源を供給される。マメ科植物の根に特異的な根粒形成機構と根粒菌の窒素固定機能が共進化した。   クロマツとアーバスキュラー菌根菌:クロマツは菌根菌により土壌中の栄養素 (特にリン酸) を吸収しやすくなる。一方、菌根菌はクロマツの根から炭素源を得る。クロマツと菌根菌は共生関係を発展させ、相互に依存する形で共進化した。   ウシと消化管内共生細菌:ウシの消化器内にはセルロースを分解する細菌が共生しており、ウシはこれらの細菌のおかげで草を消化できる。細菌はウシの消化管内環境を利用して繁殖する。ウシの消化器は細菌と共生するための特化した構造を持つよう進化した。   ナマケモノとシアノバクテリア:ナマケモノの毛に住むシアノバクテリアが、ナマケモノに緑色のカモフラージュを提供し、捕食者からの保護を強化する。シアノバクテリアはナマケモノの毛に住むことで、安定した生息場所を得る。ナマケモノの毛とシアノバクテリアの生態が互いに特化し、共進化している。   アリとアリマキ (アブラムシ):アリはアリマキが分泌する甘い蜜を餌とし、一方、アリマキはアリによって保護され、捕食者から守られる。アリはアリマキを保護する能力を進化させ、アリマキは蜜を提供するよう進化した。   イチジクとイチジクコバチ:イチジクコバチはイチジクの中に産卵し、幼虫が育つ。一方、イチジクはコバチによって花粉を運ばれ、受粉が行われる。イチジクとコバチは、互いに依存するように特異的な繁殖システムを進化させた。   ミツバチと花:ミツバチは果樹などの花から蜜を摂取し、果樹などはミツバチによって受粉され、果実を形成する。果樹などの花はミツバチに適した時間帯に開花し、ミツバチはその花に適応した行動パターンを持つよう進化した。   ハチドリと花:ハチドリは花から蜜を摂取し、花粉を他の花に運ぶ役割を果たす。ハチドリは長いくちばしを持つように進化し、花もハチドリに適した形状や色を持つように進化した。   イソギンチャクとクマノミ:クマノミはイソギンチャクの触手の中に隠れて捕食者から身を守り、一方、クマノミはイソギンチャクに食べ物を提供したり、触手に付着した寄生虫を除去したりする。クマノミはその粘液によりイソギンチャクの毒に耐性を持つように進化し、イソギンチャクもクマノミを受け入れる構造を進化させた。   アリとアカシアの木:アカシアの木はアリに食料と住処を提供し、アリはアカシアの木を草食動物や他の植物から守る。アカシアの木はアリを引き寄せるために特定の化学物質や住居構造を進化させ、アリはその木に特化した防衛行動を進化させた。   上記は 「共生」 であって、相互作用が両生物にとって有利に働く。すなわち、相互依存。これに対し、一方には利益が見出されるが、他方には不利益が生じる相互作用が 「寄生」 である。これは、「宿主」 と 「寄生体」 の関係であり、病気において寄生は 「病原体」 となる。興味深いケースとして、 節⾜動物において、ボルバキア (リケッチア) は宿主の⽣殖システムに影響を与えることが知られている。ボルバキアは宿主のさまざまな器官に感染しているが、成熟精⼦には存在できないので、ボルバキアに感染したメスだけがボルバキアの⼦孫を残すことができる。そこで、ボルバキアは様々な⽅法で宿主の⽣殖システムを操作することにより、⾃⼰の伝播や繁殖をより確かなものにしている。   さらに複雑な3者の相互作用をキャベツ、その草食アオムシ (モンシロチョウの幼虫)、その天敵アオムシコマユバチ、さらにキャベツ、その草食コナガ幼虫、その天敵コナガコマユバチに見出すことができる。 キャベツは揮発性成分を発散し、草食者の天敵であるアオムシコマユバチあるいはコナガコマユバチを呼び寄せる。これらのコマユバチは幼虫に卵を産み付けることにより、幼虫を退治する。アオムシによる草食の場合、アオムシが多く揮発性成分が高濃度の際、多くのアオムシコマユバチが呼び寄せられる。 このように植物が生産し他生物の誘引や忌避に働く物質を 「アレロケミカル」、その現象を 「アレロパシー」 と呼ぶ。このような共進化は、偶然の変異が淘汰されたのではないかと思われる。    身近な宿主と病原体の相互認識作用として、ヒトの病原体である新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) は、ヒトの細胞表面に局在するACE2 (アンジオテンシン変換酵素2) 受容体を介して細胞内に侵入し増殖する。 ACE2はアンジオテンシンIIからアンジオテンシン-(1-7) への変換を介して血圧上昇のレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系を抑制する。ACE2には敗血症などによる肺損傷からの保護作用が見出されている。また、ACE2は小腸上皮においてナトリウム依存性中性アミノ酸トランスポーター (B0AT1) と結合し、トリプトファンを吸収する中性アミノ酸輸送体として動作し、これによって抗菌ペプチドが発現されると見られている。 SARS-CoV-2のスパイクタンパク質がACE2受容体と親和性を有するように進化したと言えるが、スパイクタンパク質の無作為な変異からACE2受容体と結合するものが生じたと考えられる。   植物の病気では、リンゴ斑点落葉病菌 ( Alternaria alternata ) の生産するAM毒素に、リンゴ品種 「王鈴 (おうれい)」 など感受性品種のみ反応し、感染が成立する。これは、鳥取大学にて西村正暘教授 (1929年〜1989年) の下、私の学士論文のテーマであった。 この感染に係わるリンゴ側の因子がCC-NB-LRRタンパク質であることが最近明らかになった 。 一方、 エンバクビクトリア枯死病菌が生産するHV毒素 (ビクトリン) はチオレドキシン h 5 (TRXh5) と結合し、HV毒素結合TRXh5はCC-NB-LRRタンパク質 (LOV1) を活性化し、宿主細胞死 (感受性) を誘引する 。チオレドキシンは植物細胞の葉緑体や細胞質基質において、レドックス (酸化還元) シグナルを伝える酵素である。AM毒素やHV毒素は環状ペプチドであるが、遺伝子コドンに基づくタンパク質合成系を介さない二次代謝産物であると考えられていた。しかし、 HV毒素は遺伝子コードであると報告された 。したがって、遺伝子変異により類似の構造のペプチドが合成される可能性が出てきた。HV毒素がTRXh5への結合能を獲得した共進化は謎に満ちている。 Alternaria の場合、毒素生産遺伝子は “余分な染色体 [conditionally dispensable (CD) chromosome]" にコードされており 、これに染色体DNAとは異なる水平伝播を予想させる。このように、生物の分子レベルでの共進化は、生き物のダイナミズムとして極めて興味深い。

  • 政治とカネ:民意反映には透明性の高いロビー活動の法制化を!

    小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 10月に発足した高市内閣の外交手腕や経済政策は好評を博し、現時点で歴代第2位の支持率である75%をたたき出している。しかしながら、立憲民主党、公明党、日本共産党、社会民主党などが問題視する 「企業団体献金」 の闇について、国民にとって実体は見えにくい。自由民主党他への企業団体献金などおよび野党への労働組合献金あるいは事業収入などは、共に政治資金規正法の管理下となる。しかしながら、「企業団体献金 = 悪」、「その他の財源 = 善」 という風潮で議論されているが、この価値観は問い正されるべきではないだろうか? 前者と後者は単に支持母体あるいは政党の運営方針が異なるだけであって、善悪の判断はつかないと考える。事業収入が占める割合が多い政党もあるが、これは選挙支援までを含む構造的な問題として捉える必要がある。   歴史的に、人類の生存においては集団生活が有利であり、そこでは自然と統率者 (リーダー) が生まれる。そして、これが現代の民主主義社会における政治に発展したと言える。集団社会では作業分担が生じ、リーダーとしての役割はその支持者にサポートされる。現代の民主主義社会において、国民は自分が願う社会を具現化してくれる政治家を支援する。その一手段が献金である。   しかしながら、不適切な政治資金はスキャンダルとして歴史に刻まれた。そして、そのような不正を是正するための法改正・見直しがその後追いとなった。史実は以下のように整理される (出典:ChatGPT 5.1)。   1980年代〜1990年代:巨大スキャンダル → 大枠の制度改革 リクルート・佐川急便などの象徴的事件 → 1994年:政治改革 (企業献金のルール変更、選挙制度改革、政党交付金導入)   1990年代後半〜2000年代:抜け道・運用面の問題 → 透明性強化の “微修正” 資金管理団体・事務所費問題など → 1999年、2007年前後の改正で、受け皿制限や領収書添付義務などを追加   2010年代:構造は維持されたまま個別不祥事が連続 小沢氏関連など大事件もあるが、「制度の根本変更」 には至らず、政党+企業・団体献金+パーティー収入の構造が継続   2023年〜2024年:派閥パーティー裏金問題 → 再び制度改革へ 「パーティー収入・キックバック・不記載」 という “第二世代の金権問題”   2024年〜2025年:改正は1994年改革以来の 「第二ラウンド」 とも言えるが、企業・団体献金自体の全面禁止や、ロビー活動の透明化までは踏み込んでいない   これらの法改正の趣旨は、政治献金の上限枠やその使途の透明性の確保である。現在、政治団体は、政治資金規正法に基づき1年間の収入・支出などを記載した 「政治資金収支報告書」 の提出・公開が義務化されている。国会議員関係政治団体の場合、5万円を超える寄付や1万円を超える支出など、一定額以上の金銭の収支を記載・提出しなければならない。この種の 「政治資金収支報告書」 の内容は、データベース化され複数のウェブサイトにおいて公開されている。   政治への健全な民意反映の手段は何であろう? 具体的には、「選挙」、「政治献金」、「ロビー (陳情) 活動」 が機能している (図参照)。アメリカ合衆国では、1995年に 「ロビイング開示法 (Lobbying Disclosure Act)」、2007年に 「Honest Leadership and Open Government Act」 により、一定以上の規模のロビー活動を行う者は登録し、誰が、どのクライアントのために、何に対してロビーをしているか。ロビイスト自身や 「政治行動委員会 (PAC: Political Action Committee)」 による政治献金との関連も含め、定期報告といった詳細な開示義務が課されている。一方、EUでは、欧州議会・欧州委員会向けの 「透明性登録 (Transparency Register)」 が運用され、登録団体は活動分野、予算規模、関与する法案などを公開しなければならない。その結果、議員や官僚と会うには登録がほぼ必須という実務慣行に近づいている。これらは、”ロビー活動 = 正当な情報提供・利害表明” に立脚し、その影響力が過剰にならないよう透明性ルールでコントロールするという発想に立った制度と言える。日本では、ロビー活動の 「専用法」 が存在せず、2024年のOECDの報告によれば、ロビー関連の透明性・利益相反抑止に関する指標はOECD諸国の中でも最低ランクと評価されている。実際には、政治資金規正法による献金・パーティー収入の公開および国家公務員倫理法による一部の接触規制や贈与規制など、断片的な制度はあるものの、「誰が、どの法案・政策について、どの政治家・官僚に働きかけているか」 を体系的に可視化するロビイスト登録制度はない。 図:政治への民意反映の3手段   何故日本ではロビー制度の本格導入に踏み切れないのか? (1) 戦後長きに渡り政策形成は官僚 (各省庁)、業界団体、与党 (主に自由民主党の部会) のクローズドなネットワークの中で行われてきた。(2) 「審議会方式」 による利害調整の正当化。すなわち、官庁の審議会・研究会に業界代表、労組代表、有識者などを入れて公式に意見を聞く制度が発達している。(3) 「ロビー活動 = 悪」 という世論イメージ。ロビー活動は和訳すると 「陳情」 となるが、これには密室政治、口利き、縁故主義などと結びついた否定的なイメージが強い。(4) 与党側の 「透明化リスク」。ロビー登録制度を導入すると、どの企業が、どの法案で、どの議員・官庁と頻繁に接触しているかが一覧で見えるようになるため、与党としてこれを歓迎しない。しかしながら、これまでの慣行に囚われない高市政権には、民意反映のための透明性の高いロビー活動の法制化を期待する。

  • 円安・長期金利上昇は国債増発と無関係!

    小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 円安と長期金利上昇は、国債増発による国際信用度低下が原因であると、マスコミは連日のように報じる。これはマスコミのみならず、その情報を収集したAIまでもが類似の答えを返してくる。この種の理論は家計感覚に訴えるが、「誤認」 と言わざるを得ない。本日現在、日本のクレジット・デフォルト・スワップ (債務不履行リスク, CDS: credit default swap) は、”20 bps” 前後と世界最低水準を維持している。これは、企業や国の信用リスク (破綻リスク) を売買する金融派生商品であり、”bps (basis points)” は対象となる企業や国の信用リスクを示す。bpsは0.01%に相当し、この数値が高いほどリスクが大きく、国債や社債の 「信用保険料」 のような役割を果たす。すなわち、bpsは売り手 (保険を売る側) と買い手 (保険をかける側) により刻々と変わる。これが低いということは、リスクが低い、すなわち信用できると市場が判断していることになる。日本のそれは、”20 bps” を少し越える程度であり、EU諸国と肩を並べ、米国約 ”30 bps” や 中国約 “40 bps” より低い。ロシアは5年平均で “13,800 bps”、2012年のギリシャは “25,000 bps” まで上昇した。このように、国債増発による信用度低下が円安と長期金利上昇を導いているという主張は、その前提条件が破綻している。一方、経済の国際信用の尺度として、”国別信⽤格付” がある。これには、三⼤信⽤格付会社の評価が有名であるが、その客観性は担保されていないとの見解もある。   何故、国債増発でも ”低CDS = 高信用度” を維持できるのか? 現代貨幣理論 (MMT: modern monetary theory) によると、日本国債はデフォルトに至らない。この理論は、1905年に発表された 「 表券主義 (chartalism)」 に根ざす。すなわち、「信用度が高い」 主権通貨を持つ国の国債はデフォルトしないとする。このMMTは、1980年〜1990年代のアルゼンチンの債務危機および2000年代のジンバブエの ハイパーインフレ・通貨崩壊のように、自国通貨の信用度が低い場合は成り立たない。すなわち、通貨の信用度が鍵となる。日本 「円」 は世界三大基軸通貨の1つであり、したがって、MMTが成立し、 「国債残高の多寡 ≠ 財政破綻リスク」 と言える。   それでは、円安の原因は? 主として、(1) アメリカは利上げを繰り返し国債 (政策) 金利は4.25〜4.5%に達している。一方、日本の政策金利は0.5%と低く、他の金利 (長期金利、市中金利) も相対的に低い水準を保っている。投資家は金利が高い “ドル” を買い、金利が低い ”円” を売る (図参照)。これは、経済学で 「カバーなし金利平価 (UIP: uncovered interest parity)」 と呼ばれる理論である。付加的な要因として、(2) エネルギー輸入代金の上昇。輸入代金の支払いに必要なドルが増えるため、日本企業は円を売ってドルを買う。これにより、円の需要が減り円安になる。さらにマイナー要因として、(3) 株価・投資マインドが挙げられる。 図 国債増発と円安・長期金利上昇の関係 MMT: 現代貨幣理論、CDS: 債務不履行リスク、UIP: カバーなし金利平価、EPS: 株当たり純利益   一方、長期金利は、今月1.9%強にまで上がった。マスコミは、国債増発で信用度が低下 → 高い金利を払わないと長期国債を買ってもらえないと主張する。これが国債ではなく、家計の借金なら信用を失う。しかし、日本銀行に通貨発行権 → デフォルトに至らず (MMT) → 金利は政策・需給・インフレ期待の反映 → 金利上昇。すなわち、将来の成長期待 → 人気がある (売買が活況) → 金利上昇という構図となる。マスコミの理解は、家計類推による誤った因果関係の説明であり、制度理解の欠如が原因である (図参照)。ここで、家計の制約は 「返済能力」 であり、国家の制約は 「インフレ許容度」 となる。なお、政策金利上昇は円買いを促し、円高を招く。すなわち、日本銀行は能動的に政策金利操作により円高あるいは円安誘導ができる。これに対し、長期金利上昇は市場の動きに対応した受動的結果論であることに注意して欲しい。

  • 研究:2位じゃダメなんでしょうか?*

    小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授   2010年、当時政権与党であった民主党は、予算編成のために 「行政刷新会議」 を設けた。そこで 「事業仕分け」が行われ、蓮舫議員より本標題の質問が発せられた。本来、高い知性と好奇心は、ヒトに与えられた特権の1つであり、それは研究という行動に繋がる。そして、これは結果的には競争に曝される。軍事や収益に結びつく技術は分かり易い例であるが、必ずしもそれらに限らない。 いくつかの著名な例を紹介する。フレデリック・バンティング (1891年〜1941年) とチャールズ・ベスト (1899年〜1978年) は、1921年にインスリンを発見した。バンティングらが、1923年のノーベル生理学・医学賞の受賞対象となった。ゲオルク・ルートヴィヒ・ツュルツェル (1870年〜1949年)、アーネスト・ライマン・スコット (1877年〜1966年)、イスラエル・クライナー (1885年〜1966年)、ニコラエ・パウレスク (1969年〜1931年) も、インスリン活性様物質の発見に至っていた。   生物による唯一の太陽エネルギー獲得系である光合成は、水と空気中の炭酸ガス (二酸化炭素) からそれぞれ酸素分子と糖を生産する。この反応の一般式をコーネリアス・ヴァン・ニール (1807年〜1985年) が1931年に発表した。同年、柴田桂太 (1877年〜1949年) も同様の一般式を発表したが、和文であったため世界的な注目を浴びなかった。 1953年にDNAの二重らせん構造が明らかになった。自然科学において最も権威がある学術雑誌 "Nature” には、ジェームズ・ワトソン (1928年〜2025年) とフランシス・クリック (1916年〜2004年) の論文に加えて、モーリス・ウィルキンス (1916年〜2004年) とロザリンド・フランクリン (1920年〜1958年) のそれぞれの研究グループの論文が同時掲載された。これらのうち、ワトソン、クリック、ウィルキンスが1962年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。取り分け、フランクリンのX線回折データが重要な知見を提供した。また、この発見は、オズワルド・アベリー (1877年〜1955年) やエルヴィン・シャルガフ (1905年〜2002年) による先行研究なくしては、あり得なかったと考えられる。   同時期に同様のテーマの下に研究が進展するのには、必然性がある。現代の科学研究は、技術的方法論に依存している。したがって、方法論が開発されると、それを利用して未解決のテーマに挑もうと、同時期に複数の研究者が思い付くのである。1970年代を通じ遺伝子をコードするDNA断片を増やす技術 (クローニング) や、その遺伝情報 (DNA塩基配列) を決定する技術が進んだ。多くの生物の幾多の営みに介在する遺伝的背景が、爆発的に解明され始めた時代である。私は1983年から2年間弱、ハーバード大学で博士研究員として植物の遺伝子発現の研究に従事した。生物の営みの多くはタンパク質 (酵素) の働きで説明できる。太陽の光を生物が利用し空気中の炭酸ガスから糖を合成する 「光合成」 反応において、炭酸ガスを固定する酵素はルビスコと呼ばれる。この酵素は、2種類のポリペプチド (サブユニット) それぞれ8個から構成される16量体である。16量体として始めて本来の酵素活性を発揮する。この16量体が正しい構造で組み上げられる過程において、どのような機構が介在するのかが謎であった。1985年、私は名古屋大学で助手として、この問題解決の先陣に立った。光合成と関係がないモデル微生物である 「大腸菌」 を使い、これら2種類のサブユニットの遺伝子を発現させたところ、酵素活性を有する16量体が形成された。これに興奮し、"Nature" に発表できると思った。"Nature" 編集部にその旨を打診したところ、類似の論文が "Nature" 誌で発表予定であるため要望に応じられないとの返答を得た。結果的に、 私たちの仕事は別の速報誌に発表した 。その後、静岡県立大学に赴任した。光合成において重要な役割を演じるルビスコの遺伝子発現について、1997年に世界に先駆けて、その制御の根幹をなす "シグマ因子" の遺伝情報を解明した。この結果は、ノーベル賞受賞対象研究も多く発表される "米国科学アカデミー紀要 (PNAS)" に発表することができた 。この研究もまた、世界の4研究室で同時に進行し、競争になっていた。   私のように遺伝子とその発現機構を研究する者にとって、生命の設計図であるDNAの構造を解明しノーベル賞に輝いたワトソンやクリックは神様に近い存在だ。ワトソンは、その後ニューヨーク州ロードアイランドにあるコールドスプリングハーバー研究所において所長を務めた。この研究所では、毎週のように各研究集会が開かれる。この名物行事である野外ワインパーティーには、ワトソン (愛称:ジム) がフラっと現れる。私は、二度ほどお目に掛かった。一方、クリックは、カリフォルニア州サンジェゴにあるソーク研究所のフェロー。ソーク研究所を訪れた際、知人が、"DNA" との文字を含むナンバープレートの車を示し、これがクリックの車だと教えてくれた。ワトソンの奔放さが偉業に結びついたと考えられるが、それゆえ、 その後の行動や発言が世の中の批判を浴びることも少なくなかった。ワトソンは、2025年11月6日に97歳と言うご高齢でご永眠になったと報じられた。

  • 中東の魅力:気候変動と人類の歴史!

    小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授   2023年10月7日から始まったイスラエル・ ネタニヤフ 政権によるガザ地区攻撃は、結果的に被害者が一般住民にまで及び世界の非難を浴びている。この地域に紛争が多いのは何故だろう? 中東は、2000年ほど前までは緑に恵まれた肥沃な土地であった。紀元前6000年頃から チグリス川・ユーフラテス川周囲に発達したメソポタミア文明、 紀元前3000年頃から ナイル川周辺に栄えたエジプト文明。その後、イエス・キリスト (紀元前4年頃〜紀元後30年頃) がナザレ (現在のイスラエル北部) で生まれた。また、イスラム教の教祖であるムハンマド (570年頃〜632年) が、アラビア半島のメッカ (現在のサウジアラビア) で誕生。サウジアラビアは既に砂漠化していたが、現在よりはオアシスに恵まれていたと言う。現在の中東は、古生代の終わり (約2億5千万年前) 頃、パンゲア大陸は再構成されたゴンドワナ大陸の一部となり、その後現在の地形に分離・移行していった。この間に、微細藻類に代表される豊かな海洋プランクトンの死骸が蓄積し、現在の石油層が形成されたと考えられている。中東は約2万年前の最後の氷期以降、豊かな土地となり、したがって複数の民族がその地をめぐって争った。現在に至って、乾燥化が進んだが、この地に対する石油利権への世界の思いが錯綜する。   メソポタミアで都市文明を生み出したシュメール人と日本の縄文人の間に、交流があった可能性が指摘されている。明確な接点としては、奈良時代 (710年〜794年)、シルクロードを介してペルシャ (現在のイラン) の文化が日本に伝わった。東大寺・正倉院に残る絨毯、ガラス製品、琵琶や箜篌 (くご)、金属工芸品、陶器を挙げることができる。私たちの生活に不可欠な石油において、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェート、カタールなどの中東地域からの原油が、全体の92.5%を占めている (2021年度)。すなわち、日本の石油の中東依存度は極めて高い。沼津の慈善活動家 「一杉真城」 さん (1945年〜2022年) は、寄附を集め2004年に日本の病院にて、米軍とイラク武装勢力の戦闘で目を負傷したモアマド・ハイサム少年を治療した。これを機に、外務省が資金を出し、モアマド君が住むイラクの都市ファルージャに 「子ども病院」 が設立された。私は、アカデミアの立場から、その後の連携活動に共鳴し、一杉さんと親しくさせていただいた。その縁があって、彼の地での日本大使、日本商社、大学関係者とのネットワークができた。これは、「郡司みさお」 さん (1959年〜) にまで拡がる。彼女の一連の執筆は、「ハルム・アラビアの夢:住んでみた砂漠の国、覗いてみた素顔の暮し (1991年刊)」 から始まる。   地球の年齢は46億歳だと言われる。この間、大きな周期の気温変動があり、現在は約260万年前から始まった 「第4紀氷河時代」。その中に約10万年周期で氷期と間氷期が繰り返す。最後の氷期のピークは約2万年前で、このときは海水面が120 m沈降し、日本列島は朝鮮半島と樺太を介して大陸と繋がった。この周期では、温暖化の期間は短く、寒冷化は徐々に進む。間氷期のピークは約6,000年前とされる。氷期と間氷期の頂点間で、気温差は10℃ほどになる。この周期は、”ミランコビッチ・サイクル” と呼ばれ、これには、地球の公転軌道離心率や地軸の傾斜角の変動が関与すると言われている。 ミランコビッチ・サイクルと氷期サイクルのズレは、氷床の重みによる地殻沈降・復元により説明されている。 現在の地球温暖化要因がなければ、次の氷期の訪れは8万年後ぐらいとなる。しかし、地球温暖化のため、これが最長で5万年程度遅れると考えられている。これを知っても、地球温暖化に対して無策ではいけない。数百年単位で考えると、地球温暖化は生態系や気候に大きな影響を及ぼし、食糧供給が危ぶまれ、また異常気象が災害を招くことを忘れてはならない。しかし、地球温暖化に対する人類の配慮があり、砂漠地下に眠る水資源を上手く利用する手段、あるいは効率のいい海水淡水化技術が開発されれば、中東に緑が戻ってくることが期待される。

  • 「左」 と 「右」 はどちらが優れている?

    小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授   参院選が終盤を迎え、各政党が訴える政策を整理する上での対立軸の1つとして、「左派」 と 「右派」 が挙げられる。これについて、ChatGPT4o (OpenAI) の回答 (以下) は議論の入口として有用である。 表:左派 vs 右派の対立軸 上記には含まれていないが、「左派」 と 「右派」 の対立軸は、「理想主義」 と 「現実主義」 に置き換えると分かりやすい。さらに、「増税派 (緊縮財政)」 と 「減税派 (積極財政)」 と言う対立軸も挙げられる。増税派の議論において、消費税は社会保障や赤字国債の解消に必要だとの主張があるが、こ れには財務状況の正確な分析結果を提示せず、漠然と民衆の不安を煽っている側面を感じる。さらに、 減税が景気を刺激し税収増に繋がるという ”ラッファー効果” に対してどう反論されるのであろう。   さて、「左派」・「左翼」 と 「右派」・「右翼」 は、英語でも “left wing” と “right wing” と呼ばれる。これが外来概念か日本のオリジナルかと調べてみると、外来だった。これらの言葉は、日本では大正時代に使われ始めたようだ。フランス革命期の 「国民議会」 (1789年) において、「国王の法律拒否権」 と 「一院制・二院制」 の是非を巡り、議長席から見て右側に 「国王拒否権あり・二院制 (貴族院あり)」 を主張する保守・穏健派が、左側に 「国王拒否権なし・一院制 (貴族院なし)」 を主張する共和・革新派が陣取ったことに端を発すると言われている。   「左」・「右」 と行政の関係では、日本における7世紀以降の「左大臣」 と 「右大臣」 が挙げられる。どちらが上位かというと、「左大臣」。そういえば、「左右」 というが、「右左」 とは書かない。しかし、口語では 「みぎ・ひだり」 もあり。一方、右を上位に表す言葉として、「私の右腕」、「右に出る者」、「座右の銘」 などが挙げられる。さらに右を上位、左を下位とする 「左遷」 という言葉がある。すなわち、左右の上下関係は混在し混沌としている。   何故? 中国の周 (BC=BCE 1045年) ~ 前漢 (AD=CE 8年) は、「右」 が上位とされた (例:「右将軍」 > 「左将軍」)。後漢 (CE 25年) 以降、「左」 が上位になったとされる (例:「左僕射 (さぼくや)」 > 「右僕射」)。「右」 が上位とする概念は西洋に共通する (後述)。「左遷」 という言葉は、後漢の 「漢書」 に最初に登場すると報告されているが、「漢書」 が編纂されたのは左右の上下関係の変換時期であり、「右」 を上位とする価値感に由来するとする説に説得力があるように思われる。「左上位」 の概念は、「南面思想」 に由来する。「天子は南面す」 という古語から、天子は北を背に座って南を向くとき、左手が東になりそこから太陽が昇る。したがって、「東」 すなわち 「左」 を上位とする。日本の律令制における “左大臣 > 右大臣” や “左近衛府 > 右近衛府” は、これに由来すると考えられる。   一方、ラテン語では、”右 = dexter (器用、良い) → 英語 dexterity”、”左 = sinister (不吉な) → 英語 sinister”。英語では、”right” に “正しい” や “権利” の意味がある。キリスト教の 「最後の審判」 では、神の右に善人、左に悪人が描かれる。イスラム教では、右が 「清浄」、左が 「不浄」 とされる。東洋では 「南面思想」 のように、自然を重んじる。一方、西洋では右利きが多数派であることから、”右 = 優位”、”左 = 劣位” の概念が生まれたのだと思われる。すなわち、西洋は 「人間中心主義」、東洋は 「南面思想」 のように自然を重んじる文化に起因すると思われる。前漢以前の中国の 「右上位」 の概念は、自然発生に加えて、周王朝が 「右上位」 の西方騎馬民族と接点があった可能性も拭い切れない。「左右」 はヒトの体の対立軸であり、これを基準に各 種概念が形成されてきた。「左上位」 と 「右上位」 の違いはあっても、「左右」 を対立軸とする価値観は、人類共通といえる。

  • 身近なユダヤの人たち:その魅力!

    小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 イスラエル軍によるガザ地区攻撃は、子供を含む一般人にまで及び、世界随所で非難の声が上がっている。ユダヤ人により建国されたイスラエルだが、教授陣や学生としてユダヤ人を少なからず抱える米国・ハーバード大学において、イスラエル軍容認の大学の姿勢に抗議する学生がその卒業式会場にて蜂起。これは、政策に関するユダヤ人の内部分裂を物語る。世界総人口の0.2% (1/500) に満たないユダヤ人が世界に投げかける波紋は、いつも大きい。被害者となった第二次世界大戦におけるホロコースト。昨年映画化されて話題を呼ぶ “オッペンハイマー” もまたユダヤの人。ロバート・オッペンハイマー (1904年〜1967年) は 「原爆の父」 と呼ばれる。これは、科学の過ちとして歴史に刻まれることになるが、オッペンハイマーの懺悔とその後の活動は、原爆投下を正当化する政治家とは一線を画する。   彼らは知的で、頭脳明晰、さらに傲慢でない人たちであり、私にとっての好感度は高い。1982年度に文部科学省が、若い研究者を対象にして 「海外特別研究員制度」 を開設し、全研究分野からこれに10名が選抜された。日本の国費にて、世界各地の大学で学ぶ機会が保証されたのだ。年額370万円の生活費に加え、研究費100万円、それに渡航費が支給された。幸運にも私は、これに植物学分野から唯一の人材として選ばれる機会に恵まれた。このような待遇であれば、世界のどの大学も受け入れを歓迎してくれる。当時黎明期であった遺伝子の分子レベルでの研究において、世界最先端を走っていたハーバード大学 ローレンス・ボゴラード 教授  (1921年〜2003年) の研究室の門を叩いた。ボゴラード教授に始めてお会いしたのは1983年2月。ボストンの冬は寒く、その最中にボゴラード研究室を訪れた。博士研究員としてボゴラード研究室に所属したのは2年間弱であるが、その後2003年12月にお亡くなりになるまで、ほぼ毎年のように、ボストンか日本でお会いした。彼は、米国科学界を代表し学術雑誌 “Science” を刊行する "アメリカ科学振興協会 (AAAS)" のプレジデントも務められた。また、"米国科学アカデミー (NAS) 会員" であり、ノーベル賞受賞対象となる研究が数多く発表される "米国科学アカデミー紀要 (PNAS)" の編集に長年に渡り尽力された。研究は、生物による唯一の太陽エネルギー獲得系である 「光合成」 に注目し、光合成の場である植物細胞内 「葉緑体」 の遺伝情報とその発現機構の解明が中心であった。ボゴラード教授の友人である アンドレ・ヤーゲンドルフ 教授  (1926年〜2017年) は、光合成におけるエネルギー分子ATPの生産機構 「光リン酸化」 を解明された。植物学分野でのノーベル賞はないので、その栄誉には浴されていない。ご本人は農夫になりたかったとおっしゃっていた。これまたユダヤの人であり、親しくお付き合いさせていただいた。   ユダヤ人と日本人には、複数回に渡り歴史的な交流が見出される。ユダヤ人のルーツとされるシュメール人は、縄文人と同様に多神教であり、それぞれの逸話や文字に共通性が高いことが指摘されている。縄文時代は紀元前14,000年〜紀元前400年ごろとされており、シュメール文明は紀元前5,500年〜紀元前3,000年ごろとされる。紀元前700年代、アッシリア帝国がイスラエル王国を征服した際、イスラエルの10部族の一部が日本に渡ったという話があるが、根拠は弱い。つぎの接点としては、中国の秦王朝の崩壊後の紀元前210年頃、ユダヤ人にルーツを持つ 徐福 (紀元前255年〜210年頃) が渡来したとの説がある。あるいは別系統の可能性を含め、 秦氏 (はたし) がヤマト王権 (200年〜600年頃) 以降要職 に就いた 。秦氏は神社を創祀したと伝えられ、多くのヘブライ語が現在に残る。「ミヤ (宮)」、「ミカド (帝)」、「ミコト (尊)」 など。 第二次世界大戦中、日本領事館領事代理としてリトアニア・カウナスに赴任していた杉原千畝 (すぎはらちうね:1900年〜1986年) が、ナチスによって迫害されていた多くのユダヤ人にビザを発給し、その亡命を手助けしたことも有名な話である。日本とイスラエルは、直線距離にして約9,000 km離れている。 紀元前5,500年ごろ、これを 人の足で踏破するには2年は掛かると思われる。しかしながら、今ならヨーロッパ経由で15時間ぐらいの距離である。私は、エルサレムには二度訪れ、「嘆きの壁」 や旧市街で歴史に触れた。 結果的に無差別なガザ地区侵攻は支持できないが、ユダヤの人は個人的には優れた魅力的な方々であると認識する。

  • 静岡県中部の産業:プラモデルとエアコン生産で日本一!

    小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 「団塊の世代」 と言う言葉はよく聞くが、それに引き続く世代は、「ポスト団塊の世代」 あるいは 「前期しらけ世代」 と言うらしい。1950年〜1955年生まれの人たちだ。これに私は属する。「団塊の世代」 が社会の各種 「門」 を押し広げてくれたお陰で、楽をしている世代だと認識している。その私たちが子供のころ、男子にとってプラモデルは憧れの玩具であった。自動車、戦車、モーターボートなど、ブリキ製に比べて精巧な作りで、しかもモーターで動く、さらに自分で組み立てる。これは子供たちを魅了した。セメダイン (接着剤) の臭いをいい臭いだと感じ、これは主としてトルエンであり神経毒であるにもかかわらず、当時は何ら問題視もしなかった。1991年、36歳になってから静岡市に移り住んだが、株式会社タミヤの本社の看板を目にするとき、何故静岡市でプラモデルが盛んに作られるのかと不思議に思った。2022年のプラモデル出荷額において、静岡県は日本一の約338億円であり全国の85%に相当する。   時系列を遡ってみよう。プラモデルの前の世代の模型はというと、主軸がバルサ材、羽は竹ひごに紙を貼った構造で、ゴムを駆動力とした模型飛行機 (ライトプレーン) があった。この組立ては幼少者には難しかった。タミヤの沿革史には、同社が太平洋戦争後木製模型から始まったことが記されている。静岡市は、戦前から木製模型や精密な木工技術を持っていた。それは何故? 東西に延びる静岡県の北部には、天竜山地、南アルプス、富士山麓などの森林が広がり、良質なスギやヒノキが生産される。そして、天竜川、大井川、安倍川など急峻な河川を利用し、筏 (いかだ) 流しにより、それらの木材が搬出された。これらの河口からは、艀 (はしけ) を曳航船 (えいこうせん) が引っ張って清水港まで運んだ。そう言えば、1991年当時、清水港周辺には水中貯木場があり、そこで子供たちが遊ばないように注意されていた。そして、清水港から東京方面、さらに全国に搬送された。明治以降は鉄道 (東海道本線、飯田線など) が整備され、木材流通には陸路も利用された。静岡県は、人口が多く建築需要が高い東京と名古屋の中間に位置し、これら都市圏に木材を安定供給できると言う地理的優位性を有する。太平洋戦争中は、浜松、藤枝、清水にあった航空基地や軍需工場と連携し、木材は建築、船舶、鉄道枕木、兵舎など多用途に使われた。さらに遡ると、浜松市天竜区では、江戸時代に 「天竜林業」 が発展し、地域経済の基盤を提供した。   2021年のエアコン出荷額において、静岡県は日本一の約2,800億円であり、全国の約39%を占める。個人的には、日立清水エンジニアリング株式会社 (現 日立グローバルライフソリューションズ株式会社の一部) や三菱電機株式会社静岡製作所の社長と親しくさせていただいた。何故、静岡市でエアコン生産が盛んなのであろう? 静岡市は、地理的に首都圏と中京圏の中間に位置し、東名高速道路、新東名高速道路、国道1号線、東海道新幹線、東海道本線と言った交通の大動脈上に位置する。これにより、部材の調達、製品出荷に対して、非常に高い物流効率が得られる。国際貿易においては、静岡市には清水港があり、戦後急速に整備され、工業製品の輸出港としての地位を確立してきた。すなわち、静岡市は部品組立工場としての適性が高く、サプライチェーンの中継点として地政学的に優位である。   静岡市は温暖な気候に恵まれ、徳川家康が富士山を仰ぎ見ながら晩年を過ごした地であるのみにあらず。北部の山岳地域と南部の海、さらに東京と名古屋の中間に位置すると言う地政学的な特性から今日に至る。静岡県西部のスズキ株式会社、ヤマハ株式会社などの製造業に加えて、上記のごとく静岡県中部地域の生産性も高い。静岡県は日本の6大都市を含まないにも係わらず、その総生産 (GDP) は約18兆円であり、全国10位に位置付けられる。 動画版 (Runway Gen-4)

  • 植物で製造:低コストでヒトに優しいバイオ医薬品!*

    小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 日本における死因の第一位は 「がん」。また、日本における慢性関節リュウマチの罹患者は82.5万人に及び、これらは高齢者が深く関わる疾病である。これらの治療を目的として、患部への注射投与で高い実績を誇るのがバイオ医薬品 (タンパク質製剤) である。この需要は高く、その世界市場は年間20兆円規模と見積もられる。私が静岡県立大学で学府長や副学長を務めていた当時、理事長の本庶佑先生 (1942年〜:2018年ノーベル生理学・医学賞受賞) にお世話になった。本庶先生は、癌治療薬 「オブジーボ」 を開発され、この世界売上は1.5兆円 (2022年) となっている。特許は基本的に15年で失効するため、オブジーボ以外の多くのバイオ医薬品の特許は、既に失効している。バイオ医薬品の後続医薬品は 「ジェネリック」 と呼ばず、構造が似ていれば 「バイオシミラー」 と呼ぶ。この種の後続医薬品は、品質が保証されるなら後は価格競争となる。私は植物の遺伝子とその発現制御機構を研究してきたので、遺伝子組換え (GM) 農作物の作出は射程圏内に入るが、取り分け日本では、消費者がこれを受け入れない。一方、 バイオ医薬品は高度に精製するので、生産手段は問われず、GMの規制外となる。 さらに、植物に何を作らせようかと考えるとき、最も付加価値が高いのが医薬品となる。植物にバイオ医薬品を生産させると、1/40にまでコストが抑えられると試算される。   バイオ医薬品のうち、世界売上第一位が、ヒト慢性関節リウマチあるいはクローン病の治療に有効なhTNF-α (ヒト腫瘍壊死因子-α) 抗体 「アダリムマブ」 (商品名:ヒュミラ) である。バイオ医薬品は、遺伝子組換え技術を用い哺乳類培養細胞で製造されることが多い。弊社では、 私たちが開発した葉緑体工学 を用いて、 この哺乳類培養細胞を植物体中の葉緑体に置き換え、さらに赤色LEDによる 「光スイッチ」 と言う独自の技術を導入 する 。 私たちは、 シロイヌナズナの光化学系が680 nmと700 nmの光を識別して応答することを世界の主導的科学雑誌 "米国科学アカデミー紀要 (PNAS)" に発表 しており ( 関連コラム )、これはその事業化である。 ヒト細胞以外の生産系でタンパク質に付与される糖鎖は、ヒトにおいて異物抗原として認識される可能性が高い。一方、葉緑体工学では糖鎖が付加しないため、ヒトに優しい。すなわち、ヒュミラ後続医薬品を無糖鎖低分子量タンパク質として、タバコを用いた生産に成功している。先ずはこの事業化を目指しているが、この技術は世界市場総額30兆円以上のバイオ医薬品のすべてに対して適用可能であり、将来に向けてさらに大きな社会貢献が期待される。

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