対中関係:経済的政治手腕で対峙!
- Hirokazu Kobayashi

- 6 時間前
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小林裕和
(株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授
10月31日の日中首脳会談で両首脳の親和的ムードが演出された直後、11月7日の 「高市発言」 を中国が問題視し、日中関係悪化との見出しが日本のマスコミを賑わしている。しかし、「高市発言」 では2015年に整備された 「平和安全法制」 の具体例が示されただけであり、高市首相に失言はない。現に予算委員会の答弁の録画をよく見て欲しい。高市首相は原稿を読まれており、すなわち想定内の用意された答弁であったと推察する。
いくつかの政党やマスコミは、外部勢力による攻撃の回避には日本が軍備を拡充しないことだと言う。しかしながら、この議論を裏付ける史実は見出せない。スイスは永世中立国であるが、中立義務の履行は軍事力保持を否定しない 「積極的武装中立」 であり、徴兵制が敷かれている。また、地形的に山岳要塞といえる。ヒトラー政権は、スイス攻撃は得られる利益の割に損害が大きすぎると判断したとされている。コスタリカは1948年に軍隊廃止、アイスランドは常備軍なしだが、前者は米国、後者はNATOの庇護下にある。バチカンは宗教的・象徴的価値による特殊保護下であり、ブータンはインドに依存している。非武装国家が成立する条件として、(1) 侵略しても得るものが少ない、(2) 脅威国が存在しない、(3) 大国間緩衝地域でない。これらの何れを取っても、日本は非武装国家成立要件を満たしていない。日本は、(1) 高度な科学技術力、(2) 勤勉な国民性、(3) 醸成された文化、(4) 太平洋における第一列島線の要石、(5) 米中衝突の戦略回廊、(6) 海洋輸送の要、(7) 世界6位の面積を誇る海洋とその海底資源であり、一部の戦略分析や論説では、“日本列島線は西太平洋へのアクセスの鍵” と位置づけられている。
それでは、軍備での中国との対峙は可能か? Stockholm International Peace Research Institute (SIPRI) は、中国の公式発表は一部費目を含まず実態はさらに大きい可能性があると断った上で、2024年の中国の軍事支出は少なくとも3,140億米ドルと報告している。一方、日本のそれは約8.37兆円 (540億米ドル)。すなわち、6倍近い差がある。軍事力は単純な金額比較で決まるものではないが、短期的な逆転は困難である。AI試算では、10年かけても同等の軍備には届かない可能性が高いという。となると、軍備の中身に解決の糸口はないか? 相手の攻撃意欲を阻止する拒否的抑止 (denial deterrence) として、2022年の国家安全保障戦略・防衛力整備計画によると、スタンド・オフ防衛 (長射程ミサイル)、統合防空・ミサイル防衛、無人アセット (ドローン等)、宇宙・サイバーなどのクロスドメイン (領域横断)、C2 (指揮統制:command and control) ・ ISR (情報・監視・偵察:intelligence, surveillance, and reconnaissance)、機動・国民保護、持続性・レジリエンス (社会機能の維持・回復力:resilience)。これらは、必ずしも核武装を意味しない。
攻撃に対する抑止力は軍備だけとは限らない。2022年以降のロシアによるウクライナ侵攻により、多数の国際企業がロシア市場からの撤退や事業縮小を断行した。その数は1,000社以上。その経済的損失は、2024年時点で1,070億米ドル (16.6兆円) に上ると分析されている。経済的コストを事前に示し侵攻の期待利益をマイナスにするという戦略は、近年 “経済的政治手腕 (economic statecraft)” として国際政治学でも体系化されている。国際社会では、国家安全保障上の理由で企業損失を吸収する制度は既に存在しており、日本にも理論上導入可能である。その損益を日本政府が担保する形で、中国に拠点を持つ日本企業への退去命令あるいは対中貿易の停止命令を出すことを法制化できないだろうか? これに付随する日本側の損益をAIに計算してもらった。(1) 中国における日本企業の固定資産総額、(2) 売上規模、(3) 市場撤退に伴う資産毀損、(4) サプライチェーンの再構築コストなど、将来に渡る損失を除き当座で100兆円規模に登るという。これはコロナ禍対策に出動された国家予算に匹敵し、この出動による負の側面を正確に見積もる必要はあるが、対応不可能な予算規模ではない。さらに、日本の同盟国・準同盟国へも協力を呼びかける。この種の経済的抑止力の発動を選択肢の1つとして加えるべきだと考える。日本が軍事と経済の双方で多様な抑止手段を持つことは、結果的に地域の安定につながる。経済的抑止力を政策ツールとして制度化することは、今や現実的であり検討を急ぐべきものである。




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