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対中関係:国家的経済抑止 “economic statecraft” の法整備を!

  • 執筆者の写真: Hirokazu Kobayashi
    Hirokazu Kobayashi
  • 2025年12月11日
  • 読了時間: 6分

更新日:2025年12月21日

小林裕和

(株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授

 




10月31日の日中首脳会談で両首脳の親和的ムードが演出された直後、11月7日の 「高市発言」 を中国が問題視し、日中関係悪化との報道が日本のマスコミを賑わしている。2015年に整備された 「平和安全法制」 における 「存立危機」 の判断について、岡田克也議員は 「日本」 の武力行使という表現を持ち出し、それを軽々に口にすべきではないという誘導質問であった。これに対して、高市首相は武力行使を 「受けたとき」 について 「平和安全法制」 の当該箇所を読まれているに過ぎないように見える。すなわち、憲法9条の下 「専守防衛」 の堅持から逸脱した発言とは取れず、高市首相に失言はないと判断する。

 

いくつかの政党、マスコミ、論客は、外部勢力による攻撃の回避には、相手国を刺激しないこと。さらに、軍備を拡充すべきではないと言う。しかしながら、この理論は史実において成立していない。1930年代の中国国民政府は近代的軍備・統一指揮体制を欠いていた。これにより、日本側は短期決戦で勝てると判断し、全面戦争に拡大していった。すなわち、弱体は抑止にならず、むしろ相手国の攻撃意欲を高める。また、1938年のミュンヘン会談において、英仏はドイツを刺激しないためチェコスロバキアのズデーテン地方割譲を容認した。その結果、ヒトラーは更なる譲歩が得られると判断し、翌年ポーランドに侵攻し第二次世界大戦へと発展した。さらに、クウェートは軍事的に極めて脆弱であったが、イラクは周辺国が介入しないと判断し、1990年に侵攻し湾岸戦争に至った。これらの史実に見られるように、刺激しない姿勢は相手国の侵攻意欲を抑制しなかった。刺激回避論の誤りとして、(1) 日常倫理と国家行動の同一視、(2) 意図の表明が相手の行動を規定するとの判断、(3) 刺激回避と抑止との混同を挙げることができる。

 

非武装国は攻撃されないのか? スイスは永世中立国であるが、中立義務の履行は軍事力保持を否定しない 「積極的武装中立」 であり、徴兵制が敷かれている。また、地形的に山岳要塞といえる。ヒトラー政権は、スイス攻撃は得られる利益の割に損害が大きすぎると判断したとされている。コスタリカは1948年に軍隊廃止、アイスランドは常備軍なしだが、前者は米国、後者はNATOの庇護下にある。バチカンは宗教的・象徴的価値による特殊保護下であり、ブータンはインドに依存している。非武装国家が成立する条件として、(1) 侵略しても得るものが少ない、(2) 脅威国が存在しない、(3) 大国間緩衝地域でない。これらの何れを取っても、日本は非武装国家成立要件を満たしていない。日本は、(1) 高度な科学技術力、(2) 勤勉な国民性、(3) 醸成された文化、(4) 太平洋における第一列島線の要石、(5) 米中衝突の戦略回廊、(6) 海洋輸送の要、(7) 世界6位の面積を誇る海洋とその海底資源であり、一部の戦略分析や論説では、“日本列島線は西太平洋へのアクセスの鍵” と位置づけられている。

 

それでは、軍備での中国との対峙は可能か? Stockholm International Peace Research Institute (SIPRI) は、中国の公式発表は一部費目を含まず実態はさらに大きい可能性があると断った上で、2024年の中国の軍事支出は少なくとも3,140億米ドル (48.7兆円) と報告している。一方、日本のそれは約8.37兆円 (540億米ドル)。すなわち、6倍近い差がある。軍事力は単純な金額比較で決まるものではないが、短期的な逆転は困難である。AI試算では、10年かけても同等の軍備には届かない可能性が高いという。となると、軍備の中身に解決の糸口はないか? 相手の攻撃意欲を阻止する拒否的抑止 (denial deterrence) として、2022年の国家安全保障戦略・防衛力整備計画によると、スタンド・オフ防衛 (長射程ミサイル)、統合防空・ミサイル防衛、無人アセット (ドローン等)、宇宙・サイバーなどのクロスドメイン (領域横断)、C2 (指揮統制:command and control) ・ ISR (情報・監視・偵察:intelligence, surveillance, and reconnaissance)、機動・国民保護、持続性・レジリエンス (社会機能の維持・回復力:resilience)。これらは、必ずしも核武装を意味しない。

 

攻撃に対する抑止力は軍備だけではない。経済的損失を見てみよう。2022年以降のロシアによるウクライナ侵攻により、多数の国際企業がロシア市場からの撤退や事業縮小に迫られた。その数は1,000社以上。その経済的損失は、2024年時点で1,070億米ドル (16.6兆円) に上ると分析されている。現在の中国における半導体生産(約1,795億米ドル=27.8兆円, 2023年) は、日本製半導体製造装置および日本産半導体材料 (フォトレジストなど) への依存度が高く、また中国においては日本製高精度工作機械も広く使われている。これらの対中輸出規模は、半導体製造装置:48億米ドル(7,440億円)/年、フォトレジスト:10.2億米ドル(1,581億円)/年、工作機械:13.2億米ドル (2,053億円)/年と報告されている。日本からのこれらの輸出を停止すると、中国側の損失は半導体産業 “直撃”で50億~150億ドル/年 (775億〜2.32兆円/年)、3年以内の累積で最大750億ドル (11.6兆円) と見積もられる (AI推定値)。一方、日本企業が中国から撤退すると、(1) 中国における日本企業の固定資産総額、(2) 売上規模、(3) 市場撤退に伴う資産毀損、(4) サプライチェーンの再構築コストなど、将来に渡る損失を除き当座で100兆円規模に登る (AIによる計算値)。これに対し、中国側の損益は2〜5倍と計算され、これらを両国の対GDP比で換算すると、両国にとって相打ちの様相を呈する。日本企業の中国現地雇用は、経済産業省の海外事業活動基本調査では100万人強であり、中国国家統計局による都市部就業者4.73億人に対して0.2%に過ぎない。しかしながら、日本企業の雇用が集中する沿岸部・工業集積地、地方政府の雇用・税収・社会安定、若年層雇用やサプライチェーンの周辺産業には、無視できない影響が及ぶと考えられる。

 

経済的コストを事前に示し侵攻の期待利益をマイナスにするという戦略は、近年 “economic statecraft (直訳:経済的政治手腕、意訳:国家的経済抑止)” という概念として体系化されてきている。国際社会では、国家安全保障上の理由で企業損失を吸収する制度は既に存在しており、EUでは、反威圧手段 (Anti-Coercion Instrument) が、米国では国防生産法 (Defense Production Act) およびCHIPS法 (CHIPS and Science Act) が施行されている。これらは、理論上日本にも導入可能である。相手国に対する輸出入の停止命令および当事国に拠点を持つ日本企業への退去命令を日本政府が出す際、付随する損益を日本政府が保証する形で法制化できないだろうか? 冷戦期から現在に至るまで、日米協調による輸出規制は繰り返し発動されてきたが、企業損失を自動的に補償する制度は存在しなかった。経済安全保障が国家戦略として明確化された今日、これまでの枠組みのままでは実効的な抑止力とはなり得ない。国家的経済抑止は軍備と対をなす拒否的抑止を目的とするが、対中の例を示したように、これら命令が発動されれば両国にとって相打ちとなる。したがって、国家的経済抑止は軍拡と同様、拒否的抑止力として機能させるべきものである。とは言っても、実現可能でなければ抑止力にならない。100兆円規模の国家支出は、コロナ禍対策に出動された予算に匹敵し対応不可能な規模ではない。さらに、日本の同盟国・準同盟国へも協力を呼びかけることにより、拒否的抑止力は強化される。この種の国家的経済抑止の発動を可能とする法整備を進めるべきである。日本が軍事と経済の双方で多様な抑止手段を持つことは、結果的に地域の安定につながる。国家的経済抑止力を政策ツールとして制度化することは、今や現実的であり検討を急ぐ必要がある。




 
 
 

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