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  • 執筆者の写真Hirokazu Kobayashi

研究:2位じゃダメなんでしょうか?*

更新日:5 日前

小林裕和

(株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授

 

高い知性と好奇心は、ヒトに与えられた特権の1つであり、それは研究と言う行動に繋がる。そして、これは結果的には競争に曝される。軍事や収益に結びつく技術は分かり易い例であるが、必ずしもそれらに限らない。いくつかの著名な例を紹介する。フレデリック・バンティングとチャールズ・ベストは、1921年にインスリンを発見したが、その前後にニコラエ・パウレスクも、独自に同様の研究を行っていた。パウレスクの発見はバンティングとベストの発表とほぼ同時期であったため論争が起きたが、最終的にはバンティングとベストの貢献が広く認められた。ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックが1953年にDNAの二重らせん構造を発見した際、同時期にロザリンド・フランクリンとモーリス・ウィルキンスも同様の研究を進めていた。特にフランクリンのX線回折データが、ワトソンとクリックのモデル構築に重要な役割を果たした。1950年代後半から1960年代にかけて、オリバー・サックスやアーウィン・アルドフがドーパミンの重要性を示す研究を行った。特にサックスの臨床研究は大きな影響を与えたが、同時期に他の研究者も同様の発見をしており、治療法の確立には競争が生じた。

 

同時期に同様のテーマの下に研究が進展するのには、必然性がある。現代の科学研究は、技術的方法論に依存している。したがって、方法論が開発されると、それを利用して未解決のテーマに挑もうと、同時期に複数の研究者が思い付くのである。1970年代を通じ遺伝子をコードするDNA断片を増やす技術 (クローニング) や、その遺伝子暗号 (DNA塩基配列) を決定する技術が進んだ。多くの生物の幾多の営みに介在する遺伝的背景が、爆発的に解明され始めた時代である。私は1983年から2年間弱、ハーバード大学で博士研究員として植物の遺伝子発現の研究に従事した。生物の営みの多くはタンパク質 (酵素) の働きで説明できる。太陽の光を生物が利用し空気中の炭酸ガスから糖を合成する 「光合成」 反応において、炭酸ガスを固定する酵素はルビスコと呼ばれる。この酵素は、2種類のポリペプチド (サブユニット) それぞれ8個から構成される16量体である。16量体として始めて本来の酵素活性を発揮する。この16量体が正しい構造で組み上げられる過程において、どのような機構が介在するのかが謎であった。1985年、私は名古屋大学で助手として、この問題解決の先陣に立った。光合成と関係がないモデル微生物である 「大腸菌」 を使い、これら2種類のサブユニットの遺伝子を発現させたところ、酵素活性を有する16量体が形成された。これに興奮し、自然科学における学術雑誌の最高峰である "Nature" に発表したいと思った。"Nature" 編集部にその旨を打診したところ、類似の論文が "Nature" 誌で発表予定であるため要望に応じられないとの返答を得た。結果的に、私たちの仕事は別の速報誌に発表した。その後、静岡県立大学に赴任した。光合成において重要な役割を演じるルビスコの遺伝子発現について、1997年に世界に先駆けて、その制御の根幹をなす "シグマ因子" の遺伝子塩基配列を解明した。この結果は、ノーベル賞受賞対象研究も多く発表される "米国科学アカデミー紀要" に発表することができた。この研究もまた、世界の4研究室で同時に進行し、競争になっていた。

 

私のように遺伝子とその発現機構を研究する者にとって、ワトソンやクリックは神様に近い存在だ。彼らの業績は、ウィルキンスと共に、1962年ノーベル生理学・医学賞の栄誉に輝いた。ワトソンは、その後ニューヨーク州ロードアイランドにあるコールドスプリングハーバー研究所において所長を務めた。この研究所では、毎週のように各研究集会が開かれる。この名物行事である野外ワインパーティーには、ワトソン (愛称:ジム) がフラっと現れる。私は、二度ほどお目に掛かった。一方、クリックは、カリフォルニア州サンジェゴにあるソーク研究所のフェロー。ソーク研究所を訪れた際、"DNA" との文字を含むナンバープレートの車を示し、これがクリックの車だと教えられた。ワトソンの奔放さが偉業に結びついたと考えられるが、それゆえ、その後の行動や発言が世の中の批判を浴びることも少なくない。ワトソンは、96歳と言うご高齢でありながら、未だご健在であると聞く。

 



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