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財務状況の正しい理解に基づいた政策論を:”ラッファー曲線" への期待!

  • 執筆者の写真: Hirokazu Kobayashi
    Hirokazu Kobayashi
  • 7月11日
  • 読了時間: 5分

更新日:9月6日

小林裕和

(株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授





私は、とあるJR駅 (1日利用者数約2万人強) に隣接するマンションに住んでおり、参院選の街頭演説が否応なく耳に飛び込んでくる。そこで、首をかしげる話が真実かのように語られ、聴衆からはそれに対する反論が挙がるわけでもない。私は科学者であって、政治家や宗教家ではない。したがって、個人の信条に立ち入るものではない。しかし、根拠を伴わない議論に対し、一研究者としてデータを整理しておきたいと考えた。

 

疑問1:社会保障費は消費税により賄われているのか?

今年度の社会保障費の全体像は、合計140.7兆円。その内訳は、年金:44.4%、医療:30.8%、介護:9.9%、子供・子育て:8.5%、その他:6.4%となっている。その財源は、保険料:59.8% (被保険者拠出:31.6%、事業主拠出:28.2%)、公費:40.2% (国税:27.7%、地方:12.5%) (厚生労働省・社会保障の給付と負担, 2025)。一方、今年度の消費税収のうち24.9兆円が社会保障に使われる (財務省・消費税について教えてください, 2025)。すなわち、"24.9兆円/140.7兆円 = 17.7%" となる。ここで注目すべきは、消費税を目的税として社会保障と強くひも付けている国として、日本は特異的である。これは、消費税導入 (1989年) や引き上げ (1997年、2014年、2019年) の際、国民の反発が非常に強かったため、政府は 「社会保障に使う」 と明言して目的税化することで、増税への国民の理解を得ようとしたためだと考えられる。なお、社会保障は個人に帰結するものであり、個人で払った保険料で賄っている国が多い。結論として、社会保障費全体を消費税で賄っているかのような主張は誤りと言える。

 

疑問2:日本は世界有数の債務国か?

企業の財務で言うところの 「損益計算書 (PL: profit and loss statement)」 を国家財政において 「プライマリイーバランス (PB: primary balance)」 と称し、この健全化が謳われる。”政府債務残高 (gross debt)/名目GDP” で見ると。最小国はカナダ:107.7%であり、日本:240.0% となっている (IMF, 2023)。ここで、日本の国債という形での債務は、どこに対して生じているのか? 日本銀行:52.0%、銀行等:12.7%、生損保等:17.5%、公的年金:5.9%、年金基金:3.0%、海外:6.4%、家計:1.4%、その他:1.1% (財務省・国債等の保有者別内訳, 2024)。すなわち、国内で貸し借りがほぼ完結しており、家族内での貸し借りに似た構造となっている。ここで、日本銀行が所有する国債は、日本銀行による紙幣の増刷と似ており、経済効果としては市場への通貨の供給に等しい。これにはインフレを招く恐れが伴うものの、"国の赤字" という文言は相応しくない。以上は、"負債の側面 = ストックの借方 (債務)" の現状である。貸借対照表 (BS: balance sheet) のもう一方である 「資産」 については、どうであろう? 政府の 「連結貸借対照表」 によると2023年度末の資産合計1,049兆円を読み取ることができる (財務省・令和5年度連結財務書類の概要)。さらに、政府の子会社とも言える日本銀行の資産は、2023年度末において756.4兆円と報告されている (日本銀行・第139回事業年度財務諸表等)。一方、債務総額は1,474兆円 (2023年度) であり、資産と負債がほぼ均衡している。日本の対外純資産 (政府+企業+個人) は、1,338兆円と報告されており (財務省・International Investment Position of Japan, 2022)、日本は31年間に渡り世界一の 対外純資産を誇る (Japan Times, 2022年5月27日)。つまり、日本全体としては世界最大の債権国と言える。

 

日本はいつからPB重視 (緊縮財政) の国になったのか? 1997年、橋本内閣の下で成立した 「財政構造改革法」 によって、財政健全化の最重要指標としてPB黒字化が設定された。その後、小泉内閣 (2001年〜2006年) は、「痛みを伴う改革」 として歳出削減とPB黒字化を強く推進した。2006年に策定された 「財政健全化目標」 において、明文化された国家目標としてPB至上主義が固定化した。この頃から、国家のBS (資産・負債全体) を考慮した財政運営はほぼ議論されなくなった。1997年以降、日本では経済低成長の負のスパイラルが始まり、実質GDP成長率は先進38ヶ国中の最下位となっている。このような状況を踏まえた政策論の展開が望まれる。


アメリカの経済学者アーサー・ラッファー (1940年〜) は、1970年代に "ラッファー曲線 (ラッファー効果)" を提唱した。これは、”減税 → 可処分所得の増加 → 経済活動の拡大 → 税収増” という理論である。この実証例として、アイルランドでは、1980年〜2000年代に法人税率を40%から12.5%に引き下げ、外国直接投資と雇用が急増し税収も拡大した。また、日本では、法人実効税率 (国税+地方税) が1990年代には約50%であったが、これを段階的に引き下げた。2012年:39.5%、さらに2024年:29.7%。その結果、法人税収は、2010年:9.3兆円、2015年:11.0兆円、2023年:17.9兆円と伸びた。この間、リーマンショックやコロナ禍後の回復という要因も考慮すべきだが、税率の低下により企業収益が増加し、税収増に帰結したと考察しうる。


この議論に経済動向を加味すると、”減税乗数” や “税収弾性値” という指標になる。

減税乗数 = 国民所得 (あるいはGDP) の増加 / 減税額

税収弾性値 = 税収の変化率 / GDPの変化率

財務省は、減税乗数<1、税収弾性値 ≒1。積極財政派は、減税乗数>2、税収弾性値>2としている。積極財政論を展開される藤井聡 (京都大学・教授:1968年〜) は、これまでの日本のGDPと税収との相関に立脚して上記の値を提示しており、これには説得力を感じる。


国家の運営には歳入と歳出が伴い、これは企業の経営と似ている。企業は他社との競争に曝されているため、技術開発や作業効率化などに資金を投じ、競争力を強化する。一方、国家も有形・無形の産品の生産において国際競争に曝されており、資源や技術の開発が求められる。資本主義社会において国民の福利を追究するならば、国家は国際競争力や安全保障の強化のための投資を避けるべきではないといえる。

 


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© by Hirokazu Kobayashi, Green Insight Japan.

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