小林裕和
(株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授
歳を取るとトイレが近くなり、睡眠に満足感が得られにくくなる。悪影響を及ぼす経口摂取因子の1つとして、カフェインが挙げられる。カフェインは、コーヒーや茶に含まれていて、覚醒効果に加えて利尿作用を伴う。ついでながら、チョコレートやココアのそれは、テオブロミンといって構造的にカフェインと似ているが、その作用はカフェインより弱い。コーヒー、緑茶、紅茶の愛飲家も、高齢者、妊婦および授乳婦はカフェインに要注意。また、幼年・若年層にとってもカフェインの高摂取は勧められない。カフェインが含まれていないことをデカフェと言うが、上記の方々を中心として、コーヒーや茶の消費者の20%はデカフェを望んでいると見積もられる。既に、デカフェのコーヒーや茶は世に出ているが、これらは香味成分も失われていて、美味しいとは感じない。製造工程におけるデカフェ技術には、有機溶剤抽出、熱水抽出、超臨界二酸化炭素抽出が挙げられる。有機溶剤抽出においては、有機溶剤自身やその不純物がヒトに有害であり、日本ではこの方法は用いられない。熱水抽出に比べ、超臨界二酸化炭素抽出の方がカフェインのみの特異的除去に優れているが、それでも90%カフェインを除去すると、機能性成分であるカテキン類、うま味成分であるアミノ酸類、さらに香り成分のそれぞれの半分以上が抜けてしまう。そこで、70%カフェイン除去が妥協点となる。これにより、カフェイン以外の成分はほぼ保たれるが、香り成分は変質してしまうことが知られている。すなわち、他の成分はそのままで、カフェインを100%除去する製造工程技術はないと言える。
私が30年間強住む静岡県は茶所。そこで、私の出番だと考えた。ノックアウト型ゲノム編集という技術を使えば、香味成分を損なわず、カフェインのみを含まないコーヒー豆や茶葉が理論上は育成できる。ノックアウトとは、ここでは遺伝子を潰すこと。ゲノム編集は、2020年のノーベル化学賞の受賞対象となり、細菌が有する外敵防御システムを活用し、遺伝情報DNAの特定の位置を切断する技術。これにより、動植物においても特定の遺伝子のみを壊すことができる。これは自然界で起こり食経験がある農作物の変異と同等であり、区別が付かない。すなわち、その観点から安全だと言える。2019年厚生労働省は、この技術で作られた食品に対し、届出のみで栽培・養殖さらに販売を可能とした。すなわち、この技術によりカフェイン合成を司る遺伝子の働きを止めてやればよい。しかしながら、この技術のコーヒーの木や茶樹への適用は難しく、既に茶樹への研究開発に3年を費やした。コーヒーの世界市場は20兆円、茶のそれは9兆円と推計される。これらの20%がデカフェを求めているとすると、その市場は極めて大きいと言える。
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