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- 古稀からの生きがい!
小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 人の仕草、話し方、声は、55年 経ても余り変わらない。顔や風体は誰だか分からないほど変貌する。最近、中学校の 「古稀」 同窓会に参加した。「古稀」 あるいは 「古希」 とは、唐時代に杜 甫 (712年〜770年) が詠 んだ七言律詩 (しちごんりっし) 「曲江 (きょっこう)」 の一節 「人生七十古来稀」 に由来とのこと。人生を70歳まで生きるのは非常に稀だと言う意味だ。現在日本の70歳の平均余命 (残りの人生) は、男が15.08年、女が19.61年。70歳になると、既に人生の8割を消費したと言えるため、当人たちにとっては残りの2割に一層の価値を見出したい。前回は 「還暦」 同窓会だったので、多くの参加者とは10年ぶり。前回の不参加者とは、ほぼ55年ぶりの再開となった。名前を聞いて、その面影はしっかり残っていると 「認識」 できる。さらに各自の近況報告を聞くと、面白い話、真面目な話、短い話、長い話。その 「認識」 は、「確信」 に変わる。聞く態度も同様。しっかり聞いている人、隣と話をしている人、茶々を入れる人。55年前の授業風景が蘇る。現役をほぼ終えた世代として、時間と空間を共有したこれら同窓生のネットワークを大切にしたいと思う。ホームページやLINEグループを通じて、交流を続けようと呼びかけた。しかし、社会的地位や年収で格差が付いてしまったのも事実。交流を希望する方々に留める方がよい。 「生きがい」 とは主観であり、個人に帰属する。また、その主観は環境の影響を受ける。2年間弱暮らしたアメリカ合衆国より、私はヨーロッパの気風が好きだ。国ごとの気質や文化の違いとして、イギリスとフランスの対比は興味深い。個人的な例外はあるという前提だが、イギリス人は 「生きるために食べている」 。一方、フランス人は 「食べるために生きている」 という印象を受ける。具体的には、イギリス食は質素で薄味、かつ食事に時間を掛けない。フランスはその逆で、彼らは食べ物に関してなら話題も大好き。フランスで食事に誘われると、夕方から深夜までに及び、飲食を楽しみながら親交を深めることになる。私自身は、イギリスよりフランス的価値観の方が受け入れやすい。私の場合は、食べ物というより、好きなことをしているうちに古稀になったのだ。これを 「ラテン的楽観主義」 と呼ぶこととし、幸運にも感謝する。ある音楽家が、「人生に音楽以上に価値があることはありますか」と言っていたが、私に言わすと、「研究」 以上に楽しいことはなく、職業は 「研究者」、趣味は 「研究」 である。口を挟みすぎて大学の運営にも関与したが、「好奇心と勘違いの自信」 をモットーとしてきた。 生きるために働くというイギリス的人生観は、日本人のそれに近いものがある。日本は2007年より超高齢社会に突入した。超高齢社会とは、65歳以上が全人口の21%以上と定義されている。日本は、これで世界の最前線に位置する。日本での定年は延伸しつつあるが、未だ60歳が主流で、その後は嘱託で70歳ぐらいまで働くケースも見受けられる。そこで、体が元気で多少の蓄えがあればと言う前提になるが、古稀になると好きなことができる。世の中の役に立ちたい人、趣味を楽しみたい人、家族との時間を大切にしたい人、未だ稼ぎたい人など。私の大学時代の友人は、毎日が 「サンデー毎日」 だと称し、夫婦で夏は北海道、冬はタイで過ごしている。私はと言う と、好きな 「研究」 を継続し、できたら世のため、また金儲けにも繋がらないかと画策し、大学の定年退職後会 社を立ち上げた。自分の会社には定年がないのが利点。公的や民間財団の助成金を受けつつ、植物バイオテクノロジーの開発と事業化に取り組んでいる。
- 科学的な死生観!
小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 何方も親の最期には立ち会いたいと思うであろうが、テレビドラマの臨終シーンのように、言いたいことだけ言って息を引き取るものであろうか? 死因にもよるが、答えは ”No” のようである。私の場合、父母共に京都府福知山市の老人ホームでお世話になっていたが、昨年、父そして引き続き母が他界した。死因は共に老衰であった。長男である私は静岡市に住んでおり、仕事もあるため直ぐには駆けつけられなかった。終末期ケアの専門家によると、以下のように理解されている。亡くなる数時間~数日以内に出現する可能性が高い徴候として、呼吸・循環・血圧に現れる変化、乏尿もしくは無尿、死前喘鳴 (ぜんめい) など。この間に本人の意識は次第に遠のいていくようだ。 死がどのようなものであるかは、臨死体験者から聞くことができる。亡くなった親族が呼んでいたとか天国のお花畑が見えたとかなど。これを説明できる実験的証拠がある。ラットの実験では、死期に脳内ホルモンであり幸福を感じさせるエンドロフィン濃度が上がる。また、ヒトの場合、心臓が脳への血液供給を停止する数秒前、患者の脳波には、集中したり、夢を見たり、記憶を思い出したりするなど、認知能力の高い作業を実行するときと同じパターンが観察されている。これらの現象は血中の酸素濃度の低下と連動しているように思われる。 エンドロフィンはランニング・ハイの現象でも知られており、死の間際や過度な酸素消費時に幸福感を引き起こすと考えられる 。すなわち、死の瞬間は苦痛を伴わないようである。医者に聞く苦しい死因ランキングというものがある。これによると一番苦しいのは、膵臓癌。その逆が老衰となっている。これは死の瞬間ではなく、それに至る過程でのことである。 昨年夏、義母も亡くなった。103歳の長寿であった。彼女は無神論者だが、死後は医学に役立ちたいとの意向。それに従った。静岡県では献体は浜松医科大学のみが受け入れている。年間100体余りの遺体が集まり、その9割が医学部生の解剖学実習、残りの1割が外科医のCST (cadaver surgical training: 死体解剖手術トレーニング) に使われる。前者に対して、後者は低濃度ホルマリンで固定される。静岡県の年間死亡者は約46,000人なので、その約0.22% (1/450) がこのように献体されることになる。人類は、古来より人体には魂が宿り、死後も魂は生き続けると考える。したがって、魂が宿る人体をミイラなどとして残す風習がある。一見これに反しているが、解剖学実習に使われた後遺骨として遺族に届くため、献体しない一般的な葬儀と結果的には変わらない。すなわち、献体は科学研究・教育に役立つと言う人生最後の社会貢献の1つと言える。 自分の死に対して、恐怖を感じない人はいないであろう。その対処方法が、宗教である。どの宗教も死後の世界が語られる。これを信じれば、安堵感が得られる。死後を 「無」 とする宗教観もあり、これは宇宙物理学に繋がる。138億年前に宇宙は無から始まり、膨張し続けているが、ニュートリノに質量があると言うことは、やがて収縮に転じ、最後は無に戻ると言う。宗教に懐疑的な方も、このような死生観なら受け入れられよう。
- 日本の売り?*
小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 コロナ禍が終焉を迎えたと考えられる今年4月に至り、訪日月間者数がコロナ禍前を抜いて、304万人となった。訪日外国人消費額は、コロナ禍前の2019年の約10%越えの過去最高。皮肉にも円安が 「日本の売り」 になっている。 日本をどのように切ってもその特性は高いように思える。先ず統計的に切ってみよう。日本人の平均寿命は世界最上位に位置する。その要因は単一ではないが、食文化の貢献は大きい。動物性食品では魚類が多く、植物性食品とのほどよいバランス。併せて、文化でもある茶は健康にも有効。産業の観点からは、1800年代中期の明治初頭に西洋技術を取り入れ、30年足らずで当時の強国ロシアに対抗する国力を得た。これは、明治維新で活躍した先達の先見の明によるとしても、江戸時代を通じて育まれてきた庶民の高い知識・技術レベルが礎になったと考えられる。文化的には、700年代初頭の古事記、日本書記が記されるまで文字がなかったと言われるが、古来、神代文字と称されるものが存在し、さらに縄文土器や土偶の高い芸術性は高度な文明を物語る。1000年代に花開く平安時代には世界最古の長編恋愛小説 「源氏物語」 が描かれ、この時代に文化的に大きく 停滞していた ヨーロッパと好対照である。日本は自動車と 家電製品 の生産で世界を制したが、今は歴史遺産、食文化、アニメなどが、インバウンドという形を含めて、海外に発信されている。 このような日本の魅力を日本人なら知っていてほしいし、留学生を含め海外からの訪問者にも伝えたい。そのような趣旨で、静岡県立大学において2016年より、”Japanology” と言う講義を大学生向けに開講した。サブタイトルとして、地理と気候、人口減少と高齢化社会、方言、社会変化、経済、日本茶、薬草、世界最長健康寿命などを取り上げ、それぞれを専門とする教授陣が英語で講義した。選択科目としたため、日本人学生にはあまり人気がなかったが、 外部の反応は良く、称賛の言葉をいただいた 。これに気を良くして、このような題材を清水港に寄港する豪華客船の船客への講座やオンデマンド教材としてのインターネット配信を考えた。近い将来の事業化を目指している。
- 食べない遺伝子組換え植物:その是非?*
小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 映画 「オッペンハイマー」 が話題を呼んでいる。 ロバート・オッペンハイマー (1904年〜1967年) は、第二次世界大戦中にロスアラモス国立研究所・初代所長として、マンハッタン計画を主導し原子爆弾開発において指導的役割を演じた。 科学技術の発展は人類に繁栄をもたらしてきたが、原子核物理学から原子爆弾が生まれた。この反省から、遺伝子操作技術の活用に対し、関連分野の研究者らは自らに規制を課した。これが、1975年カリフォルニア州のアシロマで開催された 「アシロマ会議」 である。1994年に遺伝子組換え農作物の第一号として、日持ちがするトマト 「フレーバ・セーバ」 がアメリカ合衆国で登場した。遺伝子組換え農作物は、日本へは1996年から輸入が開始されたが、日本ではヒトへの生食に供するのではなく、食用油の原料、あるいは家畜飼料としての利用が中心である。その後、30年弱が経過したが、遺伝子組換えによるが故のヒト被害と断定できるものはないと認識する。例えば、 ジャガイモの芽にはソラニンという毒素が含まれており、これによる被害は遺伝子組換えとは区別しなければなら ない。 カトリックは人工的な遺伝子組換えを嫌うのではないかという思い込みがあった。しかしながら、世界14億人のカトリック教徒の頂点に立つ 「ローマ教皇庁立科学アカデミー」 は、2009年に食糧供給のための遺伝子組換え農作物を推奨した。また、2015年に国連サミットにおいて採択されたSDGs (持続可能な開発目標) においても、同様の意向が読み取れる。2011年アメリカ合衆国農務省は、遺伝子組換えシバを遺伝子組換えの規制外と容認した。食に供さない植物は、経口摂取での危険性はないが、生態系保全の観点から懸念が残る。遺伝子組換えで導入されている薬剤耐性遺伝子が花粉を介して飛散したとしても、栽培シバの場合は自殖が主であり、他殖の場合も同種のシバしか受精しない。すなわち、自然生態系を無造作に侵食するものではない。 植物の生育には水が不可欠であるが、塩集積土壌では植物の根外浸透圧が高くなり、水分の吸収は困難になる。 弊社では、モデル植物シロイヌナズナを用い、塩耐性の遺伝子を見出している が、この耐塩植物は水分欠乏に対する耐性を獲得していた。すなわち、乾燥耐性遺伝子として活用し得る。 その仕組みとして、 活性酸素除去能力が上がる こと、さらに 遺伝子発現 や膜輸送に携わる 多くの耐塩性遺伝子の介在を発見 した。 このような遺伝子を導入したシバが遺伝子組換え規制外となれば、各種活用が見込まれる。乾燥耐性シバを用いれば、散水量を減らすことができ、屋上シバとしての活用の場合、土壌の保持水分量を軽減でき屋上への荷重負荷を減らすことができる。また、道路法面への移植においても、散水量を軽減できるという利点が挙げられる。
- ゲノム編集って?*
小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 1996年に、「遺伝子組換え農作物」 の日本への輸入が解禁された。直後、これに対して食としての安全性への懸念が高まった。「遺伝子組換え」 という言葉自身も忌避意識を招いているように思える。大抵の人は、人体の設計図が 「遺伝子」 に書き込まれているのは知っているので、その 「組換え」 と言うと不安を感じるのも無理はない。除草剤抵抗性 「遺伝子組換え農作物」 の場合、その残留除草剤が人体に有害である可能性は考慮すべきであるが、この間、「遺伝子組換え農作物」 自身が非組換え農作物に比べてヒトや家畜に有害であると言う例は、1つも見出せない。 日本で輸入が認められている 「遺伝子組換え農作物」 の種類は年々増加し、現在334品種 となっている。しかしながら、これらは直接消費者に届く訳ではない。加工食品の原料や家畜の飼料となる点は当初と変わらない。以前は、遺伝子組換え農作物の意図しない5%以下の混入に対し、「遺伝子組換えでない」 との表示が可能であった。しかし昨年より、「遺伝子組換えの混入を防ぐため分別生産流通管理を行っています」 との、より正確な表示とする制度が消費者庁により施行された。 「遺伝子組換え」 技術の延長線上にある 「ゲノム編集」 は、弊社の主力技術の1つであるが、「ゲノム」 という言葉は濁音を伴い、不気味な感じを受ける。その機能を担うのは遺伝子であり、その化学的本体は 「DNA」である。したがって、「ゲノム編集」 は、「遺伝子編集」、「DNA編集」 とも呼ばれる。技術としては、2012年に複数の研究者により発表され、それらのうちエマニュエル・シャルパンティエ (1968年〜) とジェニファー・ダウドナ (1964年〜) が、2020年のノーベル化学賞の栄誉に輝いた。これは細菌が有する外敵防御システムを活用し、遺伝情報DNAの特定の位置を切断する技術である。これにより、動植物においても特定の遺伝子の機能を阻害することができる。この阻害すことを前提とした技術は、「ノックアウト (KO) 型ゲノム編集」 と呼ばれ、これは自然界で起こりうる変異と同等であり、区別が付かない。そこで、2019年厚生労働省は、この技術で作られた食品に対し、届出のみで栽培・養殖さらに販売を可能とした。 今年度から、その手続きの管轄は消費者庁に移行した。現在、 トマト2品目、トウモロコシ、マダイ、トラフグ、ヒラメの計6品目について、ゲノム編集食品としての届出が公開 されている。 「ゲノム編集」 で作られたデカフェ茶やコーヒーが消費者に受け入れられるかは、弊社の事業化において最大関心事である。したがって、消費者の意向を調査した。合同会社idxに委託し、調査対象者は500名、男女比は50%、世代比率は20歳代から70歳代まで均一とした。デカフェ茶については、約3割の人が買ったことがあると回答。ゲノム編集の茶については、その特性によっては52%の人が興味ありと回答。すなわち、 KO型ゲノム編集によるデカフェ茶やコーヒー の市場は、日本において 意外と大きいと期待 する。
- 遺伝子を壊す:関連する機能が高まる?*
小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 装置の部品を壊すとその働きが低下し、直すと機能が回復するのが通常だ。2012年に登場したゲノム編集を用いると、個々の高等動植物の約3万にも及ぶ遺伝子のうち、特定の遺伝子の特定の箇所を切断し、その修復時に置換、欠失、挿入が生じる。これにより、特定の遺伝子の機能が失われる。これをノックアウト (KO) 型ゲノム編集と呼ぶ。これは自然界で起こりうる変異と区別できない。すなわち、安全性の観点からは、食経験がある農作物と同等である。弊社ではこの技術により、 デカフェの茶樹やコーヒーの木の作出を目指している 。これは、原理として分かりやすく、遺伝子を壊してカフェイン合成を停止させる。一方、2020年12月に販売が発表されたGABA高蓄積トマトは、ヒトにリラックス効果をもたらすGABA濃度をKO型ゲノム編集により増強する。この仕組みはというと、GABAを合成する酵素にその合成を抑制する部分があり、そこの遺伝情報を壊すことでこの酵素の働きが強くなる。また、KO型ゲノム編集による肉厚マダイの例がある。この場合は、筋肉が増えすぎるのを抑える遺伝子の働きを欠失させている。生物体内の個々の現象には、プラスとマイナスの両方の制御系がある場合が多く、マイナスの方を潰せばプラスが強く作動するという仕組みだ。 植物は、太陽光を利用して空気中の炭酸ガスを吸収して炭水化物を合成し、水から酸素ガスを取り出す。この働きは 「光合成」 と呼ばれる。弊社はこの働きを抑える遺伝子を見出し、特許化した。 この遺伝子を壊すと光合成活性が上がり、多くの炭水化物が合成され植物は一層大きくなる 。現在そのようなブロッコリーを作製中だ。
- デカフェを嗜好:樹木自身を改変!*
小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 歳を取るとトイレが近くなり、睡眠に満足感が得られにくくなる。悪影響を及ぼす経口摂取因子の1つとして、カフェインが挙げられる。カフェインは、コーヒーや茶に含まれていて、覚醒効果に加えて利尿作用を伴う。ついでながら、チョコレートやココアのそれは、テオブロミンといって構造的にカフェインと似ているが、その作用はカフェインより弱い。コーヒー、緑茶、紅茶の愛飲家も、高齢者、妊婦および授乳婦はカフェインに要注意。また、幼年・若年層にとってもカフェインの高摂取は勧められない。カフェインが含まれていないことをデカフェと言うが、上記の方々を中心として、コーヒーや茶の消費者の20%はデカフェを望んでいると見積もられる。既に、デカフェのコーヒーや茶は世に出ているが、これらは香味成分も失われていて、美味しいとは感じない。 製造工程におけるデカフェ技術には、有機溶剤抽出、熱水抽出、超臨界二酸化炭素抽出が挙げられる。有機溶剤抽出においては、有機溶剤自身やその不純物がヒトに有害であり、日本ではこの方法は用いられない。熱水抽出に比べ、超臨界二酸化炭素抽出の方がカフェインのみの特異的除去に優れているが、それでも90%カフェインを除去すると、機能性成分であるカテキン類、うま味成分であるアミノ酸類、さらに香り成分のそれぞれの半分以上が抜けてしまう。そこで、70%カフェイン除去が妥協点となる。これにより、カフェイン以外の成分はほぼ保たれるが、香り成分は変質してしまうことが知られている。すなわち、他の成分はそのままで、カフェインを100%除去する製造工程技術はないと言える。 私が30年間強住む静岡県は茶所。そこで、私の出番だと考えた。 ノックアウト型ゲノム編集 という技術を使えば、香味成分を損なわず、カフェインのみを含まないコーヒー豆や茶葉が理論上は収穫できる。ノックアウトとは、ここでは遺伝子を潰すこと。ゲノム編集は、2020年のノーベル化学賞の受賞対象となり、細菌が有する外敵防御システムを活用し、遺伝情報DNAの特定の位置を改変する技術。これにより、動植物においても特定の遺伝子のみを壊すことができる。これは自然界で起こり食経験がある農作物の変異と同等であり、区別が付かない。すなわち、その観点から安全だと言える。2019年厚生労働省は、この技術で作られた食品に対し、届出のみで栽培・養殖さらに販売を可能とした。すなわち、この技術によりカフェイン合成を司る遺伝子の働きを止めてやればよい。しかしながら、 この技術のコーヒーの木や茶樹への適用は難しく、既に茶樹への研究開発に3年を費やした 。コーヒーの世界市場は20兆円、茶のそれは9兆円と推計される。これらの20%がデカフェを求めているとすると、その市場は極めて大きいと言える。
- 静岡:日本のカリフォルニア!*
小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 鈴木さんという方を見かけて、「『静岡県』のご出身ですか?」 と聞くと大抵は当たっている。でも、「『静岡』のご出身ですか?」 と聞くと、「いいえ違います。『浜松』です。」 と返ってくることがある。尋ねる側は、「静岡」 で 「静岡県」 をイメージしているのだが、彼らにはこだわりがある。静岡県は東西に長く、新幹線の駅が6つある。西から東に向かって、古くは遠州 (遠江)、駿河、伊豆と呼ばれ、気候・風土が異なる。年間降雪日で見ると、浜松市が7.3日、静岡市が3.1日、三島市が3.6日となっている。都道府県別降雪日で見ると、沖縄県を除く最下位が宮崎県の3.6日なので、静岡市の3.1日は、沖縄県以外の日本で一番雪が降らない地ということになる。年間降雪日は、東京が10.6日、名古屋が19.3日である。これは、新幹線で静岡に帰ってくるとよく分かる。東京駅や名古屋駅のホームで震え上がっていても、静岡駅で降りると別世界だ。静岡市は、徳川家康 (1543年〜1616年) が晩年を過ごした地であり、余生を送るには適している。冬場、この地に雪は降らないのに、富士山の冠雪はほぼ毎日といっていいほど望める。贅沢な地だ。 静岡は日本のほぼ真ん中に位置するのに、南の宮崎県より雪が降らないと言うのは不思議である。地質学的には、富士山の辺りでユーラシアプレート、北米プレート、フィリピン海プレートの3つが衝突している。これにより、日本一高い富士山、近海として日本一深い駿河湾、そして伊豆半島が生まれ、南アルプス (赤石山脈) が作られた。その結果、静岡県中部は三方の山が北風を遮り、暖流の影響もあり、温暖な気候となった。そして、豊かな農海産物を育んでいる。明治元年、旧幕臣たちが静岡県の牧之原に入植して茶栽培を開始し、静岡県は日本一の茶生産地となった。そして清水港は、その輸出で賑わい、造船の町としても栄えた。大消費地である首都圏東京に近いこともあり、医薬品、サプリメント、医療機器、エアコン、印刷装置などの生産において、日本一。また、富士・箱根・伊豆は世界に誇る観光地となった。このような静岡の魅力を見直し、大学の社会貢献を探るべく、 公開講座 「10年後の静岡を創るスーパーセミナー:知の丘を往く」 および 静岡新聞連載 「静岡県立大発 まんが しずおかのDNA」 を企画実施した。 すなわち、静岡は住んでよし、弊社のようなバイオ製品開発会社にとって、連携先が見出しやすいという利点も大きい。世界で一番住みたいところはどこかと聞かれると、私は迷わず、「気候的にはカリフォルニア」 と答える。そういう憧れを込めて、静岡を 「日本のカリフォルニア」 と呼びたい。
- 日本の研究力:13位じゃダメなんでしょうか?
小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 「13位じゃダメなんでしょうか?」 ダメとは答弁しないが、日本の経済力にそぐわないのは何故だろう? 日本の研究力低下が随所で指摘されているが、これをどのようにしたら救えるか、目にする提案は説得力に欠けるように思える。研究力の評価は容易ではなく、フィンセント・ファン・ゴッホ (1853年〜1890年) の絵画のように存命中は評価されず、死後にその価値が認められるような研究もある。問題点を残しつつ、いくつかある研究力指標の中で、「トップ10%補正論文数」 がよく用いられる。これは、当該論文がどれだけ引用されているかという引用数を多いものから並べ、上位10%に入っている論文の数を表す。さらに、研究分野ごとに並べるという補正が入る。1998年〜2000年、日本の「トップ10%補正論文数」 は世界4位であり、1位のアメリカ合衆国には大きく引き離されているものの、2位のイギリス、3位のドイツとは僅差であった。しかしながら、2023年の発表では、日本の 「トップ10%補正論文数」 は13位に転落した。研究には、研究費が必要である。国の経済力は国内総生産 (GDP) で表される。そこで、この間にGDPがどうなったかと見てみると、2009年までは、アメリカ合衆国に次ぐ世界2位。2010年に中国に抜かれ、2023年ドイツに抜かれ、それでも世界4位。2023年の転落は円安の影響が大きいと思われる。 そうすると他に原因がありそうだ。2004年から国公立大学は独立行政法人化し、多くの公立大学がこれに追随した。 国立大学法人化は、各大学が優れた教育や特色ある研究に工夫を凝らし、より個性豊かで魅力的な大学になることを目的としてい た。当時、小泉純一郎 (1942年〜) が内閣総理大臣。膨れ上がる赤字国債にどう対処するか、80万人いた国家公務員から国立大学を切り離すことにより、約15万人の国家公務員を削減した。その結果、国公立大学教員は、社会からの見える化のための目標作成とその達成度評価、社会貢献としての公開講座など、運営費交付金から競争的配分へのシフトに伴う研究費獲得のための作業などにより、その研究時間が減少した。また、国公立の大学や研究機関の研究者数は、2002年に比べ38%減 (情報源:科学技術指標2022)。問題はここにある。これが 「科学技術立国」 を謳った小泉行政の帰結とは、皮肉なものである。 そこで、(1) 研究者の社会貢献や研究費獲得の労力軽減、さらに知財管理や事業化促進に対し、大学研究管理者であるURA ( university research administrator) の増員およびその待遇改善が望まれる。(2) 実質的な運用収益を生むだけの基金を各大学が用意するには時間を要するため、10兆円ファンド (世界トップレベルの研究大学を長期的に支援するため、政府出資や財政融資資金借入などを原資として、文部科学省が創設した10兆円規模の基金) の活用に加えて、国家や地方自治体の援助が不可欠である。(3) 日本経済は主要国の中では唯一20年間に渡り成長が見られない。大学の財政的な自立を目指し、大学シーズの社会実装を大学経営に反映することが望まれる。(4) 各種事業において各大学を競わせるのではなく、政府や地方自治体が主導となり少子化に伴う大学の統廃合計画を作成し実施すべきではないか。
- 喉元過ぎたコロナ禍:その社会的・科学的意義
小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 いつまでマスクをするべきか、終わりに近いことは間違いない。新型コロナウイルス感染者数は、2024年2月のピークで、世界、国内共に10回目の波とされる。コロナ禍を通して、世界的死者数は700万人、国内のそれは8万人弱となる。当事者およびご家族には 哀悼の意を、医療関係者には敬意を表させていただきたい。過去のパンデミックと比較すると、 1347年〜1352年に流行したペストの死者は、ヨーロッパを中心にして8,000万人といわれる。1918年〜1920年のスペインかぜにおいては、世界規模で死者数1億人と見積もられている。その際の国内死者数は約45万人と推計されている。新型コロナウイルスの感染者数では、世界的に7億人、国内で4,000万人と見積もられる。集団免疫を得るには少ない数字であり、2023年ノーベル生理学・医学賞の受賞対象となったカタリン・カリコ (1955年〜) とドリュー・ワイスマン (1959年〜) の研究に基づくRNAワクチンの功績は大きいと言える。 この間、人との接触を避けての社会活動の維持が強いられ、既存のインターネットやデジタル通信技術にさらなる実践が求められた。インターネット・インフラが整備されていた北米、北欧、韓国、日本などで、授業、会議、医療相談、イベントなどに活用された。体験者が少ないと思うので、オンライン告別式を紹介する。私の父母は、97歳と93歳という高齢であった。入居していた京都府福知山市の老人ホームでは、新型コロナウイルス感染に最大の注意が払われ、2020年3月以降、家族の面会に制限が入るようになり、透明な仕切りがある面会室にて、面会時間は20分程度に限定された。私の居住地は静岡市であり、父母が暮らす老人ホームとは400 kmほど離れているため、頻繁に会いに行けず、寂しい思いをさせたことと思う。そのコロナ禍をほぼ乗り越えた昨年夏に相次いで他界した。この頃は、第9波のピーク時であった。そこで、告別式はオンラインにしたいと考えた。しかしながら、福知山市内にはオンライン対応の葬儀会場は見つからなかった。オンラインに協力するという会場はあったが、カメラや機材は常備されていなかった。したがって、そのような機材を提供してくれる会社を探した。結局、私の希望に合致する会社は1社のみ。しかも、近畿圏にもサービスを提供する東京の会社だった。そこに依頼したが、死去は金曜日の深夜、しかも次の月曜日は 「海の日」 のため3連休。その結果、高画質にも耐え得る回線速度を確保できる機材を用意できなかった。結局、神戸からカメラマン付きでカメラが告別式会場に到着。発信は私のiPhoneでのテザリングとなった。録画画像は、高解像度で後ほど手に入ったが、オンライン発信は、これなら自分でできると考えた。母の告別式ではプロを利用せず、自分ですべてをこなした。むしろ、四十九日の納骨などは、墓場から、iPhoneのみで動画を発信すれば目的が叶うことが分かった。その際、アプリはZoomを用いた。これは葬儀の一例であるが、このように簡単にオンラインでイベントが発信でき、参加者は現地に赴く必要はなくなった。 アカデミアの分野でも、 オンラインでの会議や授業はその前から普及しつつあったが、コロナ禍でこれに拍車が掛かった。新型コロナウイルス感染の予防、検出、治療技術の開発は一刻を争う。従来、研究論文はその内容の審査を経て発表されたが、コロナ禍においてはプレプリントとして、審査を経ずに発表される方法が普及した。また、論文としてまとめる手間を省き、生データが公開される方向に進んだ。その結果、 研究者には、膨大な情報の中から信頼できるデータを見極める能力が求められるようになった 。この流れを 「オープン・サイエンス」 と呼ぶ。ヒトは集団として、コミュニケーションを図ることで、地球上生物の頂点に立っている。この間、コミュニケーション手段として、口頭 → 手書き文字 → 印刷 [ヨハネス・グーテンベルク (1398年〜1468年) の活版印刷, 1439年] → 「デジタル革命」 に至った。また、多くの業務は、人が移動せずともオンラインにて実施でき、移動交通手段への依存度が軽減した。さらに、工業生産現場ではAIによる機械化に一層拍車が掛かった。皮肉にもコロナ禍は人類社会を一歩前進させた。 この改革は大きな転換点として人類の歴史に刻まれることになろう。
- 最近の日本人気上昇の訳?
小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 大谷翔平 (1994年〜) がグランドでゴミを拾うと賞賛される。日本人の仕草が、国際的な評価を得るようになった。2022年には、カタールで開催されたFIFAワールドカップで、日本人サポーターのゴミ拾いが世界の賞賛を浴びた。期待を遙かに超えた大谷の活躍や、強豪ドイツやスペインを制するという快挙を成し遂げた日本であるからこそ、賞賛を受ける。1995年、阪神・淡路大震災のとき、私は学会参加のため、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンジェゴにいた。日本が大変なことになっているよと教えられ、テレビを見てみると、本当に大変な惨事だった。アメリカ合衆国のテレビ局は、機能を停止したコンビニやスーパーから盗品がないことを賞賛していた。日本人としては、その着眼点に驚いた。 ゴミを拾うと賞賛されるという話しは、40年前は違っていた。1983年から2年間弱、私はアメリカ合衆国のボストンに住み、ハーバード大学にて研究に従事していた。研究室にゴミが落ちていたので、拾ってゴミ箱に捨てると、「何故そのようなことをするのだ。掃除は清掃員の仕事だろう!」 と不思議がられた。なるほど、アメリカ合衆国のすべての職業人は、誇りを持って仕事に取り組んでいるプロだ。その仕事を奪うことになるのかと思った。当時は安くて品質が高い日本車がアメリカ車を席捲し、日本バッシングの時代であった。日本の高い技術水準は今に始まったことではない。1543年種子島に伝来した2丁の火縄銃の1丁を分解し、それを元に堺や国友の地で火縄銃が大量生産され、その数は1573年までに50万丁にまで膨れ上がったという。これは、当時世界最高の保有数だったらしい。1990年代以降は、工業製品に取って代わり、日本の文化が急速に世界に浸透していった。私がアメリカ合衆国に住んでいた1983年〜1984年当時、アメリカ合衆国で通じる日本語は、”futon (布団)” と “tofu (豆腐)” ぐらいか。現在では、”kimono (着物)”、”manga (漫画)”、”sushi (寿司)”、”tempura (天ぷら)”、”ramen (ラーメン)”、”kabuki (歌舞伎)”、”bonsai (盆栽)”、”ninja (忍者)”、”sumo (相撲)”、”kawaii (かわいい)”、”karaoke (カラオケ)”、”kaizen (改善)”、”mottainai (もったいない)” など多数。 日本の特性は、地政学的な日本の特徴に由来すると考える。日本は氷期には朝鮮半島および樺太を介してユーラシア大陸と地続きになる。その最後が約2万年前であった。その結果、遺伝学的に異なる複数の集団が日本に住み着いたと推察される。その後、海水面が上がり大陸と隔てられた。縄文時代は紀元前14000年〜紀元前400年頃とされているが、この間の縄文土器や土偶の高い芸術性からは高度な文明が偲ばれる。このような独自の文化の開花から、稲作や漢字は大陸から伝来したと理解されているが、むしろその逆ではないかという説もある。漢字について具体的には、象形文字の起源とされる甲骨文字として、日本の神代文字の1つである阿比留草 (あひるくさ, あびるくさ) 文字の一部が対応することが指摘されている。しかし、紀元前210年ごろ、これは徐福 (紀元前255年〜210年頃) によって日本に伝えられたとも考えられている。最新のヒトゲノム解析は、日本人の祖先が3つの源流 (縄文系祖先、関西系祖先、東北系祖先) に由来することを支持している。これにより、縄文時代以降の渡来人の混入も伺える。「雑種強勢」 といって、遺伝学的多様性は各種形質に秀でる。 日本は島国のため、奪い合う土地には限界があり、その中で生きていかなくてはならない。日本の古墳時代 (200年代末〜500年代中頃)、中国では日本を 「倭」 と呼んだが、元明天皇 (661年〜721年) の時代 (707年〜715年) に、それを 「和」 とし、さらに 「大」 の字を付けて 「大和」 としたといわれている。その後、この呼称が広まったのは、養老律令 (757年) からだとされている。「和」 は、「和訳」、「和文」、「和服」、「和歌」 など今日でも日本を表す言葉である。「和」 は人の和 (輪)、なかよくすることを意味する。したがって、人に迷惑を掛けないこと、笑顔で応えること、挨拶をすること、譲り合うこと、そしてゴミを拾うことなど、日本人は幼い頃からそれらを習う。また、限られた資源のため、日本人は高い知識と技術を身につけた。そのような風習・気質・文化に根ざす日本人の活躍や日本の文化に世界の人々が憧れを抱き始めた。世界人口が80億人を突破し、環境汚染が進行、それにウクライナやパレスチナでの抗戦が加わり、ここに至って、地球が有限であることへの認識が高まっている。世界中の人々は、無意識のうちに日本の 「和」 に安らぎを感じ、それを求めているのではないだろうか。
- 二足のわらじの 「すゝめ」!
小林裕和 (株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授 取り組む課題で行き詰まることは、何方も経験する。その際の答えは3択であろう。(1) 諦める。(2) 悩み続ける。(3) 観点を変えて情報を得る。言い方を変えると他分野に学ぶ。私は、(3) をお勧めする。これには、安易にはインターネット検索あるいは人に聞くことが挙げられる。今なら、AIも活用に値する。ともかく他分野を覗いてみよう。色々と面白いものが転がっており、大抵は解決策が見つかる。その積み重ねにより、解決に繋がる方法論の選択肢が増える。学問体系で見てみよう。自然基礎科学は、数学、物理学、化学、生物学に大別できるが。その融合領域として、数理物理学、物理化学、生化学、ケミカルバイオロジー、生物物理学が挙げられる。現在の研究分野は、これらの融合領域にシフトしている。応用分野では医工連携が注目されている。私の職場は大学であったが、そこは研究機関であると同時に教育機関だ。社会はπ (パイ) 型人材を欲している。π型人材とは、πという文字に足が2本あるように、2つの学問領域に精通した人材のことである。大きな領域でくくると、文系と武道の融合が文武両道。あるいは、文系と理系の融合が、文理融合となる。私が 研究推進部門長 を務めた 奈良先端科学技術大学院大学 では、バイオ、情報、物質の3分野を1研究科に統合し、各領域間の融合教育を開始した。私が30年弱務めた静岡県立大学では、薬学と食品栄養科学を統合した 大学院薬食生命科学総合学府 を開設した。このように、融合領域を制することにより活躍の場が拡がり、これらの人材や事業化に対する社会の期待が大きい。 私の研究者人生を振り返ると、私は生命現象、取り分け身近な植物のそれに興味を抱いた。したがって、大学は農学部へ進んだ。そこで、病原体に対する植物の抵抗性あるいは感受性が植物の品種ごとに異なるのは何故だろうと考えた。すべての生命現象は化学の言葉で説明できるはずである。よって、大学院では生化学を学んだ。生命現象は遺伝情報とその発現制御機構によって支配されている。それゆえ、遺伝子を研究したいと思い、博士研究員としては分子生物学を学んだ。生化学では化学分子が、分子生物学では遺伝を司る分子が研究対象となる。しかしながら、遺伝という現象を突き詰めるなら、これら分子を対象とする方法論のみでは行き詰まる。そこで、分子遺伝学という方法論を取り入れた。私は大学を定年退職後は、 教授時代に積み上げた特許情報を活用したいと思い起業した 。今は、会社経営を勉強中。多足のわらじはなかなか楽しいものである。「二足のわらじを履く」 は、英語では “ wearing two hats (2つの帽子を被る) ” という。この例えの違いも興味深い。











