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執筆者の写真Hirokazu Kobayashi

共進化の不思議:分子レベルでの生物間相互作用!

更新日:8月22日

小林裕和

(株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授


2015年、SDGs (持続可能な開発目標) が国連サミットにおいて採択された。今更と言いたい。人類は地球上の覇者となり、他生物との共存の上に成り立っていることを忘れていたようだ。その生存において他生物に依存せず独立しているのが 「独立栄養生物」 であり、太陽光、水などの電子供与体、二酸化炭素と僅かなミネラル類があれば生きていける。この代表として、ラン藻 (シアノバクテリア) や植物が挙げられ、この活動は 「光合成」 と呼ばれる。これにより生産された炭水化物と酸素ガスにより、他の生物が生存しうる。これらは 「従属栄養生物」 と呼ばれ、ヒトもこれに属する。

 

このような相互依存とは別に、生きた生物同士の直接的な 「共生」 として、以下のような例を見出すことができる。

 

マメ科植物と根粒菌:マメ科植物は根粒菌に窒素を固定してもらい、窒素源を得る。一方、根粒菌は植物から炭素源を供給される。マメ科植物の根に特異的な根粒形成機構と根粒菌の窒素固定機能が共進化した。

 

クロマツとアーバスキュラー菌根菌:クロマツは菌根菌により土壌中の栄養素 (特にリン酸) を吸収しやすくなる。一方、菌根菌はクロマツの根から炭素源を得る。クロマツと菌根菌は共生関係を発展させ、相互に依存する形で共進化した。

 

ウシと消化管内共生細菌:ウシの消化器内にはセルロースを分解する細菌が共生しており、ウシはこれらの細菌のおかげで草を消化できる。細菌はウシの消化管内環境を利用して繁殖する。ウシの消化器は細菌と共生するための特化した構造を持つよう進化した。

 

ナマケモノとシアノバクテリア:ナマケモノの毛に住むシアノバクテリアが、ナマケモノに緑色のカモフラージュを提供し、捕食者からの保護を強化する。シアノバクテリアはナマケモノの毛に住むことで、安定した生息場所を得る。ナマケモノの毛とシアノバクテリアの生態が互いに特化し、共進化している。

 

アリとアリマキ (アブラムシ):アリはアリマキが分泌する甘い蜜を餌とし、一方、アリマキはアリによって保護され、捕食者から守られる。アリはアリマキを保護する能力を進化させ、アリマキは蜜を提供するよう進化した。

 

イチジクとイチジクコバチ:イチジクコバチはイチジクの中に産卵し、幼虫が育つ。一方、イチジクはコバチによって花粉を運ばれ、受粉が行われる。チジクとコバチは、互いに依存するように特異的な繁殖システムを進化させた。

 

ミツバチと花:ミツバチは果樹などの花から蜜を摂取し、果樹などはミツバチによって受粉され、果実を形成する。果樹などの花はミツバチに適した時間帯に開花し、ミツバチはその花に適応した行動パターンを持つよう進化した。

 

ハチドリと花:ハチドリは花から蜜を摂取し、花粉を他の花に運ぶ役割を果たす。ハチドリは長いくちばしを持つよう進化し、花もハチドリに適した形状や色を持つよう進化した。

 

イソギンチャクとクマノミ:クマノミはイソギンチャクの触手の中に隠れて捕食者から身を守り、一方、クマノミはイソギンチャクに食べ物を提供したり、触手に付着した寄生虫を除去したりする。クマノミはその粘液によりイソギンチャクの毒に耐性を持つように進化し、イソギンチャクもクマノミを受け入れる構造を進化させた。

 

アリとアカシアの木:アカシアの木はアリに食料と住処を提供し、アリはアカシアの木を草食動物や他の植物から守る。アカシアの木はアリを引き寄せるために特定の化学物質や住居構造を進化させ、アリはその木に特化した防衛行動を進化させた。

 

上記は 「共生」 であって、相互作用が両生物にとって有利に働く。すなわち、相互依存。これに対し、一方には利益が見出されるが、他方には不利益が生じる相互作用が 「寄生」 である。これは、「宿主」 と 「寄生体」 の関係であり、病気において寄生は 「病原体」 となる。興味深いケースとして、節⾜動物において、ボルバキア (リケッチア) は宿主の⽣殖システムに影響を与えることが知られている。ボルバキアは宿主のさまざまな器官に感染しているが、成熟精⼦には存在できないので、ボルバキアに感染したメスだけがボルバキアの⼦孫を残すことができる。そこで、ボルバキアは様々な⽅法で宿主の⽣殖システムを操作することにより、⾃⼰の伝播や繁殖をより確かなものにしている。

 

さらに複雑な3者の相互作用をキャベツ、その草食アオムシ (モンシロチョウの幼虫)、その天敵アオムシコマユバチ、さらにキャベツ、その草食コナガ幼虫、その天敵コナガコマユバチに見出すことができる。キャベツは揮発性成分を発散し、草食者の天敵であるアオムシコマユバチあるいはコナガコマユバチを呼び寄せる。これらのコマユバチは幼虫に卵を産み付けることにより、幼虫を退治する。アオムシによる草食の場合、アオムシが多く揮発性成分が高濃度の際、多くのアオムシコマユバチが呼び寄せられる。このように植物が生産し他生物の誘引や忌避に働く物質を 「アレロケミカル」、その現象を 「アレロパシー」 と呼ぶ。このような共進化は、偶然の変異が淘汰されたのではないかと思われる。

  

身近な宿主と病原体の相互認識作用として、ヒトの病原体である新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) は、ヒトの細胞表面に局在するACE2 (アンジオテンシン変換酵素2) 受容体を介して細胞内に侵入し増殖する。ACE2はアンジオテンシンIIからアンジオテンシン-(1-7) への変換を介して血圧上昇のレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系を抑制する。ACE2には敗血症などによる肺損傷からの保護作用が見出されている。また、ACE2は小腸上皮においてナトリウム依存性中性アミノ酸トランスポーター (B0AT1) と結合し、トリプトファンを吸収する中性アミノ酸輸送体として動作し、これによって抗菌ペプチドが発現されると見られている。SARS-CoV-2のスパイクタンパク質がACE2受容体と親和性を有するように進化したと言えるが、スパイクタンパク質の無作為な変異からACE2受容体と結合するものが生じたと考えられる。

 

植物の病気では、リンゴ斑点落葉病菌 (Alternaria alternata) の生産するAM毒素に、リンゴ品種 「王鈴 (おうれい)」 など感受性品種のみ反応し、感染が成立する。これは、鳥取大学にて西村正暘教授 (1929年〜1989年) の下、私の学士論文のテーマであった。この感染に係わるリンゴ側の因子がCC-NB-LRRタンパク質であることが最近明らかになった一方、エンバクビクトリア枯死病菌が生産するHV毒素 (ビクトリン) はチオレドキシンh5 (TRXh5) と結合し、HV毒素結合TRXh5はCC-NB-LRRタンパク質 (LOV1) を活性化し、宿主細胞死 (感受性) を誘引する。チオレドキシンは植物細胞の葉緑体や細胞質基質において、レドックス (酸化還元) シグナルを伝える酵素である。AM毒素やHV毒素は環状ペプチドであるが、遺伝子コドンに基づくタンパク質合成系ではない二次代謝産物であるため、遺伝子変異のみで数々のペプチドが合成されるとは考えにくい。したがって、HV毒素がTRXh5への結合能を獲得した共進化は謎に満ちている。Alternariaの場合、毒素生産遺伝子は “余分な染色体 [conditionally dispensable (CD) chromosome]" にコードされており、これに染色体DNAとは異なる水平伝播を予想させる。このように、生物の分子レベルでの共進化は、生き物のダイナミズムとして極めて興味深い。




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