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  • 執筆者の写真Hirokazu Kobayashi

豊かな社会が科学を育む!

更新日:5月19日

小林裕和

(株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授

 

日本が世界研究力ランキングにおいて13位に転落したことを憂い、この解決策はと考えると、社会と科学発展との歴史的な関係を検証する必要性を感じる。科学は文化の一部とする定義に従い、世界史で文化の開花期を見てみると、古代ギリシャ (古典期:紀元前400年代後半~紀元前300年代)、中国の唐 (618年~907年)、イスラムの黄金時代 (700年代~1200年代)、ヨーロッパのルネサンス時代 (1300年代~1600年代初頭) が挙げられる。その後、1,700年代半ばにイギリスから始まった産業革命により、工業生産が活発化し、社会が豊かになり文化は発展した。日本史では、文化的に大きな進展をみた時期として、平安時代 (700年代末〜1100年代末)、江戸時代の元禄期 (1688年〜1704年)、宝暦・天明期 (1751年〜1789年)、文化・文政期 (1804年〜1830年) を挙げることができる。1800年代中ごろの日本人の識字率は70%を越えていたといわれており、これは当時の世界一だったとされる。その後の明治維新以降の産業の発達は、文化の展開を支えた。

 

科学者を含めて、文化人はどのようにして生活のための収入を得ていたのか。古代ギリシャのソクラテス (紀元前470年頃〜紀元前399年) は、友人や弟子たちからの支援。プラトン (紀元前427年〜紀元前347年) は、アテネの貴族階級。ルネサンス時代のレオナルド・ダ・ヴィンチ (1452年〜1519年) は、貴族やパトロンからの支援。また、最低の食べることが保証されていた聖職者に、科学者、哲学者を見出すことができる。ロジャー・ベーコン (1214年〜1294年:実験主義)、ニコラウス・コペルニクス (1473年〜1543年:地動説)、ジョセフ・プリーストリー (1733年〜1804年:光合成の発見)、グレゴール・ヨハン・メンデル (1822年〜1884年:遺伝の法則) が該当する。大学の定義を ”university” と捉えるなら、ボローニャ大学、パリ大学などが1100年代〜1200年代に設立された。1800年代になると、産業革命と共に科学技術の重要性が高まり、政府や大学などの機関が科学研究に資金を提供するようになった。そこで、研究者が職業として認知され、給料を得られるようになった。その先駆けとして、1810年にヴィルヘルム・フォン・フンボルト (アレクサンダー・フォン・フンボルトの兄) によりベルリン大学 (現在:ベルリン・フンボルト大学) が設立され、研究と教育の自由を重視することで、研究者が専門職として認識される基盤が作られた。

 

日本の経済を見てみよう。第二次世界大戦後、神武景気 (1954年~1957年)、岩戸景気 (1958年~1961年)、オリンピック景気 (1962年~1964年)、いざなぎ景気 (1965年~1970年) と連続し、その後、バブル景気 (1986年~1991年)、いざなみ景気 (2002年~2008年) へと続く。1979年、エズラ・ヴォーゲルによる “Japan as Number One” が世に問われた。愛知県岡崎市にある基礎生物学研究所で、同僚としてお付き合いさせていただいた大隅良典先生 (2016年ノーベル生理学・医学賞:細胞の自食作用の仕組みの解明)、また、静岡県立大学においてお世話になった本庶佑先生 (2018年のノーベル生理学・医学賞:免疫チェックポイント阻害因子の発見とがん治療への応用) のノーベル受賞対象となる研究の開始時期が、「バブル景気」 と重なっているように見える。山中伸弥先生 (2012年ノーベル生理学・医学賞受賞:成熟細胞が初期化され多能性を獲得し得ることの発見) は、私が奉職した奈良先端科学技術大学院大学でノーベル賞受賞対象となった研究を開始されたが、その展開期が 「いざなみ景気」 と被っている。景気と優れた研究との間には相関があるように見えるが、日本の科学研究費が景気に合わせて細かく上下するわけではない。むしろ景気低迷に伴い、2004年から国立大学が、引き続き多くの公立大学が独立行政法人化され、これに付随する大学研究者の雑務の増加や運営費交付金の削減が大きな問題である。歴史的に見て、経済的にゆとりがある時代に科学が発展する、すなわち、豊かな社会が科学を育むと言えそうだ。






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